発達障害な僕たちから2

発達障害と診断され、2次障害でひきこもった東大、青木、シンゴと50代男Aとスタッフ吉村が社会復帰目指す日常を綴りながら支援についても書いていきます。

80過ぎの母に暴言を吐こうとした私。A ひきこもり回復日記20201207

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私には整体は効果があります。できる限りのことをしていきます。

 

 

 

猫背なんです。

30年間、下ばかり向いていましたから。

長年の生活習慣がそうさせてしまったのでしょうね。

 

 

30年間ひきこもっていました。

希望なんかなにもなかったです。

いつも目覚めると、まだ生きているのか。

また同じ1日が始まるのかと深いため息を付いていました。

 

 

できるならば、目覚めたら天国だった。

そんなシチュエーションがいいなと思っていました。

 

 

痛みを感じずにあの世に行けたらと。

なんの未練もないから。

 生きているのが苦痛だから。

 

 

しかし。

それは昔のことです。

 

 

 

今は生きたい。

目覚めたら、今日も頑張って昨日よりもより良い自分にするんだって思う私がいるのです。

 

 

 

1週間に2度整体に通っています。

猫背が少し改善されました。

はっきりと改善されているのがわかります。

 

 

呼吸が楽になりました。

肩こりが減りました。

 

 

 

もっと早くに行けばよかった。

もっと早くにこの団体に支援を頼んでおけば良かった。

そう考えると腹が立ちます。

 

 

その怒りを80歳を過ぎた母親に向けそうになってしまいました。

でも、母親もすでにボケはじめていて、会話がうまくできなくなっている。

怒りをぶつけたくても、ぶつけようがない。

 

 

そんな話を青木さんにしたら、最後まで私の話を静かに聞いていました。

青木さんの返事を待っていましたけど、中々返事をくれませんでした。

2分くらい待ったら「お母さんに暴言を吐かなかったんですね。ありがとう。」

と言ったのです。

 

 

 

少し泣いているような感じでした。

「アドバイスとかありますか?」と聞きましたら「自分でわかっているでしょう。」と言いました。

 

 

「はい。」と答えておきました。

 

 

母親に怒りをぶつけても何も変わらない。

失った時間を取り戻せる訳でもないし。

背中が曲がり小さくなった母親を見たら怒りの気持ちから「申し訳ない。」という気持ちに変わっていた。

 

 

「感情に任せてコントロールを失ってはいけないんですね。」と青木さんにメールを送った。

「わかったんですね。ありがとう。嬉しいです。」と来た返事を読んだら涙が出ました。

 

 

 

私は30年間、誰とも会話をせずに生きてきました。

何もかもが他の人より遅れています。

しかも生まれた時からの特性で、人とコミュニケーションを取ることが苦手でした。

 

 

子どもの時から母親から言われていました。

「お前とは話が通じない。」って。

小、中、高と友達はいませんでした。

 

 

「母親の財布からお金を取ってこい。」

少しいじめられてもいました。

 

 

でも今は幸せです。

1人じゃないし、周りにいる人全てが私のありのままを受け止めようとしてくれているから。

 

 

死ぬことは考えなくなりました。

生きたいです。

30年間ひきこもったけれど、今からでも遅くないと自分に言い聞かせて、毎日社会復帰目指して頑張っています。

 

 

 

励ましのメールをありがとうございます。

皆様からいただいたご恩は必ず社会に還元いたします。

私が笑顔になれば、それが他の8050問題の人たちの希望になるといいなと思います。

 

 

 

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