この団体のスタッフ青木さんが、自宅にやって来ました。
でも、私は「会ったって何の意味もない」と思い、顔を出しませんでした。
翌週、また来ました。
それでも会いません。
その次の週も、また来ました。
いい加減、イライラしてきました。
玄関先から、母親が「本当に申し訳ありません……」と頭を下げている声が聞こえます。
勝手に押しかけてきているのは向こうなのに、なんで母親が謝らなきゃいけないんだ。
苛立ちと怒りがどんどん募っていきました。
その2日後、青木さんからハガキが届きました。
そこには、青木さん自身の過去が書かれていました。
不登校で、引きこもりで、自分の部屋から出られなかったこと。
今振り返ると、人の目が怖くて外に出られなかったのだということ。
『エイジさんも、同じではないですか?
やり直す方法を、具体的に伝えたいです。
無理やり外に連れ出すようなことは絶対にありませんから。
よかったら、いつでも連絡をください』
「ああ、もう直接家には来ないんだな」
そう思って、私は胸をなでおろしました。
それから、1ヶ月ほど経ったときです。
どうしようもないほどの強い不安に襲われました。
「死んでしまいたい」
「いや、もう死ぬしか道はないんじゃないか」
そんな真っ暗な思考が頭の中を支配して、大声を上げたり、壁を力任せに叩いたりしないと、耐えられない状態でした。
限界でした。
その時、青木さんのハガキを思い出したのです。
もう一度、ハガキを読み返しました。
そして気づいた時には、電話をかけていました。
「あの……やり直せるというのは本当ですか?
私でも、まだ大丈夫なんでしょうか……」
後になって青木さんから聞かされた言葉です。私自身は、パニックと必死さで何を話したのか全く覚えていませんでした。
青木さんは優しく言ってくれました。
「電話をくれてありがとう。いつでも会いに行くからね」
「明日、来てください」とお願いすると、
「いまフィリピンにいるんだ。すぐに明後日のチケットを取って飛んでいくからね」と。
そして本当に、2日後に自宅へ駆けつけてくれました。
ここから、私の支援が始まりました。
その後のことについては、また少しずつ書いていきたいと思います。
一般社団法人 青年生活教育支援センター







