発達障害な僕たちから2

発達障害と診断され、2次障害でひきこもった東大、青木、テルとエイジとスタッフ吉村が社会復帰目指す日常を綴りながら支援についても書いていきます。

【近況報告】「幸せな報告」を夢見て|8月・9月限定キャンペーンのお知らせ

 

いつもブログをご覧いただきありがとうございます。

 

以前は毎日更新していた本ブログですが、就労支援施設(レストラン・ゲストハウス)の会社経営やスタッフ管理(フィリピン人スタッフのマネジメント等)、店舗の運営業務に追われ、なかなか更新できずにおりました。

 

経営に時間を取られがちな日々ですが、支援活動も着実に進んでおります。

  • エイジさんの結婚が無事成立

  • 10年間支援してきた発達障害を持つ女性の結婚サポート(現在進行形)

支援の現場では日々さまざまな問題が起こりますが、「この状況をどう打開するか」を考え続けています。

 

当初は7月いっぱいで結婚支援を完了し、8月から支援体制を再整列する予定でした。

しかし、コミニュケーションに問題を抱えているケースへの支援は40年近くの支援活動の経験があったとしてもとても難しいのが現実です。

 

 

「幸せな報告が届きました!」とみなさんにお伝えできる日を夢見て、日々奮闘している最中です。

 

 

しかし、私たちの支援環境が大きく変わる出来事が起こりました。

私たちの支援施設があるフィリピンのシャルガオ島がサーフィンワールドカップの開催地に決定したのです。

それに伴い、10月はレストラン業務が極めて過密になる見込みです。

そのため、大変心苦しいのですが10月中の支援活動は一時中断させていただきます。

 

 

その分、10月に入る前の8月と9月の2ヶ月間限定で、費用を徹底的に抑えた参加しやすい特別企画(キャンペーン)を急遽ご用意することにしました。

 

一人でも多くの方に参加していただき、このツアーが一歩を踏み出すきっかけにしてもらえたらと思っています。

詳細につきましては、7月28日火曜日のブログにて発表いたします。

ぜひチェックしてみてください。

 

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希望を失った人たちへ エイジ

 

 

30年近くひきこもってしまった私には、同世代との差は はっきりとついてしまっています。

そしてそれを覆すことは もうできません。 

そこは諦めるしかないのです。

 

 

でも、何もみんなと 同じでなくても良いではないですか。

日本から離れて フィリピンに滞在したことで、 私はそのことに気付かされたのです。

 

 

それまでは他人と比べるからこそ、 落ち込んでいました。

けれど、他人と比べることなく、 他人と同じようにならなくても、 私は幸せを感じることができるのだと 分かりました。

私の人生を楽しめることが 分かったのです。

 

 

だからこそ、今、 暗闇の中で息を潜めている方や、 私にご相談をくださる方に、 これだけは伝えたいのです。

 

 

どんなに長い時間を 失ったように思えても、 「もう遅すぎる」ということは 絶対にありません。

今から動き出せば良いのです。

今から動き出すのです。

 

あなたの中にも、 まだ気づいていない 小さな希望の種が必ず眠っています。

あなたの 「まだ、大丈夫なのかもしれない」 という微かな気持ちを、

大きくそしてはっきりとしたものにしませんか。

 

 

私たちはあなたが幸せになれる為のお手伝いができるかもしれません。

 

私や青木さんはいつでもここフィリピンで、 あなたの決断を待っています。

 

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30年のひきこもりから一歩踏み出せた理由は。 エイジ

 

私は、30年近くのあいだ、 家にひきこもっていました。

今は58歳になりました。

 

 

ひきこもっていた本人である私自身でさえ、 「本当に30年もひきこもっていたのだろうか」と、 今でも信じられない気持ちになることがあります。

 

 

そんな私のもとへ、時々、 ご相談のメールをいただくことがあります。

驚くほど、みなさん同じような質問をされます。

一番多いのは、 「なぜ、ひきこもりから一歩外へ 踏み出せたのですか?」という問いです。

 

その答えは、 「自分はまだ、大丈夫なのかもしれない」 という気持ちが芽生えたからです。

 

30年も家でじっとしていて、 一体何が大丈夫なのか。

はっきり言えば、人生を無駄にしただけで、 もう幸せになることなんてできはしない。

そう思うのが普通ですよね。 実際、私も30年近く、 ずっとそう思い続けて生きてきました。

 

それが、青木さんという 支援者の方の話を聞いたとき、

「こんな私でも幸せになれるのかもしれない」 「まだやり直しは利くんだ」 と思えたのです。

 

それは、本当に小さな希望でした。

 時間が経てば、すぐに消え入ってしまいそうなほどの、 か細い希望です。

しかし、青木さんたち支援者の方が、 その小さな希望の種を大切に、 大切に育て上げてくださいました。

 

 

だからこそ、10年近くの時間をかけて、 いま私は「幸せだ」と思える 大きな実を結ぶことができたのです。

 

 

ひきこもっていた私の家に、 青木さんが来てくれたときのこと。

私は何も応答をしないのに、 青木さんは諦めず、 何度も、何度も通ってくれました。

その時のことを思い返すと、 今でも涙が溢れます。

 

 

もしあの時、 青木さんが訪問を諦めてしまっていたら……

私は40年目のひきこもりを迎える前に、 自分の存在をこの世界から消していたと思います。

それほどまでに、 ひきこもっていた時間は、 ただただ辛く、苦しいものでした。

 

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なぜ我が子は「支援」を拒むのか?

 

 

ひきこもっている本人が抱える問題は、 

大きく分けると3つあります。

  1. どうしたら社会に出ていけるのか

  2. どうしたら経済的に自立できるのか

  3. どうしたら本人が幸せを感じられるのか

とはいえ、渦中にいる本人が

 ここまで問題を俯瞰(ふかん)して 

考えられているケースはほとんどありません。

 

過去の私もそうでした。

 頭にあったのは、「この先どうなってしまうんだ……」という 

漠然とした不安だけ。

 

私がいまこうして客観的に書けているのも、 

自分を救ってくれたスタッフとの交流や

 勉強会で学んできたおかげであり、 

一人でたどり着いた答えではありません。

 

多くの親御さんは、 

「なぜ頑なに支援を拒むのだろう」 「一歩を踏み出してくれさえすればいいのに」と 不思議で仕方がないと思います。

 

でも、ここにひきこもり問題の 

「最大の山」があります。

 

自力で解決できないからこそ長期化する。 

だから支援が必要なのですが、

 

 

 

ひきこもっている当事者にとっては、 【支援に繋がること自体】が、 人生で最も高くて越えられない山なのです。

 

 

青木さんはよく、

 「繋がれば問題解決の8割は終わったようなもの」 

と言っています。

 

それほど最初の「繋がるための1歩」は 奇跡的で、難しい。

(もちろん、私や一緒に過ごした「東大さん」のように、 

ASD(自閉スペクトラム症)などの特性が強く出ているケースは、

 一般的な想像を絶する別格の難しさがありました。)

 

お子さんが支援を拒むのは、

 怠けているからではありません。

 

「助かりたい」と思いながらも、

 その手をつかむのが怖くてたまらないのです。

 

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「バカにされたくない」と「変わりたい」の間で動けなかった

 

30年もの間、ひきこもっていました。

 

だから、もう自分は社会に戻ることなんてできない。

 ずっと、そう思い込んでいました。

 

ほんの少しだけ、アルバイトをした経験はあったんです。

 でも、いわゆる「ちゃんとした就職」の経験がない私にとって、

社会に出るということは、見上げるほど高いハードルに思えました。

 

みんなが当たり前のように行く大学に、怖くて行けなかったという過去の経験。 

それがずっと心のトゲになっていて、 

「大学すら行けなかった自分に、就職なんか絶対に無理だ」 

と、はなから諦めていたところもあります。

 

今でこそ「就労支援」というプログラムがあることを知っていますが、

じゃあ30年前にそれがあったとして、当時の私が受けられたかというと……

きっと無理だったと思います。

 

 

だって、自分は障害者ではなくて、ただ人より不安が強いだけ。 

そもそも「障がい者」と呼ばれること自体、すごく抵抗がありました。

 

 

同世代からすっかり取り残されている焦りは、もちろんありました。 

でもその反面、 

 

「自分はちょっと不安が強いだけ。いざとなったら、あいつらとそんなに差は開いていないはずだ」 

と思いたかった。

 

 

そんな風に、どこかで必死に自分を保っていたんです。

だから、「作業所」とか「就労支援」とか言われても、

心が拒絶してしまいました。

 

 

「無理なく自分のペースで始めましょう」 

「お給料は数万円です。」

 

 

そう言われても、その先にある現実がなんとなく見えてしまう。

 そこから先、どうやって普通の生活に戻れるのかが分からない。

 

「バカにされたくない」という強いプライドが心の片隅にあって、 

でも現実には「この状況からどうやったら抜け出せるんだろう」という不安がずっと付きまとっている。

 

ずっと、この2つの思いの板挟みでした。

 

どっちに行けばいいか分からないまま、気がつけば30年という時間が流れていました。

 

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孤独の日本から、フィリピンの島へ。

 

こんにちは。 

昨日のブログを読んでくださった皆様、 

本当にありがとうございます。

 

30年近く無職で、閉じこもっていた私が、

なぜ日本の外へ飛び出し、 

フィリピンの小さな島「シャルガオ島」にいるのか。

 

今日はその理由について、少しお話しします。

日本にいた頃の私は、 

常に「冷たい不安と孤独」に 

押しつぶされそうになっていました。

 

社会に戻る練習を始めてからの10年間、 

「できない、できない」を繰り返すたびに、 

日本の社会がとても狭く、 息苦しい場所に思えてしまったのです。

 

「年齢」や「経歴」という色眼鏡で見られ、

 一度立ち止まった人間には、 

どこか冷たい風が吹いているような気がしていました。

 

そんな時、私の人生の時計を 

大きく動かすきっかけとなったのが、 

このフィリピンという国との出会いでした。

 

ここシャルガオ島には、

 日本のような「こうでなければならない」という 

息苦しい空気はありません。

 

島の人々はみんな温かく、 

過去がどうであれ、年齢がいくつであれ、 

「今、ここに生きているあなた」を、 

そのまま受け入れてくれます。

 

何より、私を長い暗闇から救い出してくれた 

大切なパートナー(妻)と共に、

 新しい人生を、ゼロから、等身大で 

スタートさせるのに、これ以上の場所はありませんでした。

 

給与は決して多くはありません。 でも、夫婦で肩を並べて働き、 

このあたたかな南国の風を感じながら生きていく。

 

それだけで、30年間の孤独は

 綺麗に洗い流されていくような気がするのです。

 

もし今、日本で孤独に震え、 

「自分の居場所がどこにもない」と

 絶望している人がいるなら、伝えたいです。

 

あなたの居場所は、今いる場所だけじゃない。

 世界はもっと広くて、もっと温かい、と。

 

明日は、10年間の「できない」の練習の中で、 

私がどのようにして今の妻と出会い、

 支え合ってきたのかをお話ししようと思います。

 

今日も最後まで読んでくださり、 

ありがとうございました。

 

 

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30年のひきこもりと、10年の「できない」を越えて。

 

こんにちは。 

私は現在58歳です。

実は、30年近くの間、

いわゆる「無職」として社会の片隅で

閉じこもるように生きてきました。

 

不安と孤独しかなく、明日が見えない 

日本の冷たい空気の中で、

ただ息をしているような日々でした。

 

そんな私が、一歩を踏み出したのは 

40代後半のこと。

 

そこからの10年間は、 

「社会に戻るための練習」の連続でした。

 

でも、現実に甘さはありませんでした。

年齢を重ねるごとに、

 世間からの選択肢は狭まっていきます。

 

 徹底的にいろんなことにチャレンジしては、

 

「できない」 

「これも、できない」 

「やっぱり、できない」

 

そんな現実を、これでもかと突きつけられる毎日。

 自分の無力さに、何度も心が折れそうになりました。

 

それでも、私は諦めませんでした。 

かっこ悪くても、泥臭くても、 

前に進むことだけはやめなかった。

その結果、どうなったか。

 

58歳になった今、私はついに 

「働くことができる自分」にたどり着いたのです。

 

現在はフィリピンの小さな島、 シャルガオ島に暮らしています。

 

就労ビザの認可を待っている状態なので、

 厳密にいえば今もまだ「無職」です(笑)。 

 

でも、ビザが届いたあとに就く仕事は、

 もう決まっています。

 

給与は決して多くはありません。

 

けれど、長い暗闇から私を救い出し、 

支え続けてくれた大切なパートナー(妻)がいます。

 

これからは夫婦ふたりで、 

肩を並べて一緒に働きます。 

ふたりで力を合わせれば、 

それなりに温かい生活を送っていける。 

その確信があります。

 

かつての私が感じていた、 あの冷たい不安と孤独は、

もうここにはありません。

 

今は、あたたかで、 

どこまでも穏やかな南国の風に包まれながら、

 

「生きているって、なんて素晴らしいんだろう」と、

 毎日心の底から噛み締めています。

 

人生に、遅すぎるなんてことは絶対にない。

 

私のこの不器用な30年、 

そして10年以上の社会復帰への練習が、 

いま苦しんでいる誰かの光になりますように。

 

これから少しずつ、

 私の歩んできた軌跡をここに綴っていきます。

 

 

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