発達障害な僕たちから2

発達障害と診断され、2次障害でひきこもった東大、青木、シンゴと50代男Aとスタッフ吉村が社会復帰目指す日常を綴りながら支援についても書いていきます。

大学に進む。中学不登校だったケイコ

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学部は医学部に進みたかったけれど、国語がとても苦手なので、日本の試験をパスする自信がありませんでした。

全ての教科が日本語でおこなわれるわけですから、頑張ってどうにかなるものではありませんでした。

 

 

このブログの記事に関しても、私は日本語で書いていません。

英語で書いたものをスタッフさんに日本語に訳してもらっているのです。

 

 

私を苦しめたこの特性について、もっと知りたかったのです。

だから医学部に進みたかったのです。

そしてもう1つの理由が、日本の学校でもうまくやっていけたという経験が欲しかったのです。

 

 

それで、日本の大学を受験して合格し晴れて大学生になりました。

まあ、その大学の授業の多くは英語でしたから、私にはとても快適でした。

また、学生たちもとても前向きな人たちが多く、日本人特有な集団で行動するような感じは学内ではなかったです。

 

 

 

日本に居ながら海外の大学に通っている感じでした。

だから、私は卒業できたと思います。

 

 

 

そして、青木さんのアドバイス通り、サークルに所属しました。

母親とそのサークルを訪れ、代表の学生に自分のことを説明しました。

「困ったことがあったら、どんなことでも気楽に話して欲しい。」と笑顔で言ってくれたことは本当に嬉しかったです。

 

 

そのサークルには入り浸りでしたね。

どんなことでも相談できたし、学生の多くが英語をもっと話たいという人でしたから、日本語より英語で会話していました。

 

 

 

もちろん、全員ネィティブではありませんから、お互いに相手の発言に気を遣っていたのです。

そのことも私にとってはとても居心地が良かったです。

 

 

 

私が望んでいた学生生活。

それを十分に堪能した4年間でした。

もちろん、人間関係に悩んだこともありました。

でも、周りの人に相談して、1つ1つ乗り越えていくことができました。

 

 

大学卒業後は、就職にチャレンジしました。

でもうまくはいきませんでした。

なんとか3年間は勤めましたが、退職して今は次のステップに向けての準備期間です。

 

 

今回、青木さんが手術をしたことをブログで知り、何かお手伝いがしたくて、フィリピンにやってきました。

青木さんからは丁寧に断られましたけれど。

 

 

でも久しぶりに青木さんの顔を拝見できて嬉しかったです。

まだ必要としている人はたくさんいると思いますので、なんとか元気になって欲しいです。

 

 

それと、Aさんにお会いしました。

「今度お会いするときは、1人ではないです。」といきなりAさんから言われました!!

やはり、背中は曲がっておられました。

大変だと思いますが、青木さんや他のスタッフさんの支援があれば、変われると私は信じています。

 

 

東大さんはシャルガオにおられて、お会いできませんでした。

 

 

 

簡単ですが、私が中学の時にこの団体に相談してから、退職までのことを書きました。

 

 

明日は、私が不登校から、今幸せだと感じるまでになったのには、何が必要だったのかを書きたいと思います。

 

 

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