私はそう思える様になりました。
振り返ってみれば、私は自分で遊ぶことが苦手でした。
遊べないのです。
ひきこもっていた時にはひたすらゲームをやっていましたが、ここでいう〈遊び〉にはゲームは含みません。
他者と一緒にその時間、その場を共有するという経験が私が考えている遊びなのです。
遊びでなくても、ボランティアや仕事でもその様な経験はできます。
でも10年間ひきこもっていた自分には、いきなりその様な経験を与えられても全く対処できなくて、ただフリーズしてしまうだけでしょうね。
ひきこもりから回復した私が一番最初にできることは、遊びなのです。
この団体からその様に言われて、その様に導いてもらいました。
「徹底的に遊びなさい。」
これが私への最初のミッションなのです。
しかし、徹底的に遊ぶことは、遊んだことがない私には大変でした。
経験しても、どの様にその経験を受け止めて良いのかわからないのです。
嬉しいか、嬉しくないかと言えば、当然嬉しい経験なのですが・・・。
当初は、ただただ頭が混乱するだけでした。
それと同時に、働いてもいない私が遊んでいてもいいのかという問いはいつも感じていました。
30年間ひきこもった人が今この団体で支援を受けています。
私もフィリピンで彼に会いました。
色々と話をお聞きして、大変な状況の人だとすぐに理解ができました。
その人が今、ブログを書いていることに驚きます。
先日は生まれて初めて、映画館に行ったことが書かれていましたね。
寝てしまって怒られたそうですね。
多分、私の推測では、前夜緊張して眠れなかったのではないですか?
私もフィリピンで映画館デビューを果たしましたので、彼の気持ちが少しはわかる様な気がします。
その時はとても緊張していました。
みんなが普通にやっていること。
映画館で映画を見るということを、自分もまたやっているのだと感じた時の喜びは、普通の人にわかってもらえないでしょうね。
そこまで彼のことを詳しく知らないので、あくまでも私の勝手な推測ですが。
私は小、中、高校と友達もできず、ただ惰性で学校に通っていました。
そして、日々自分を責めることしか考えていませんでした。
そんな私に、「遊ぼう。」と言い続けてくれた皆さんには感謝しても仕切れません。
誰の目も気にすることはないのです。
与えられたこの時間を楽しむことが必要なのです。
楽しんだ先には、こう思えた自分がいました。
「生きていて良かった。死ぬ必要なんかないんだ。」と。
青木さんはご両親と面談するときに、〈遊ぶ〉ことの許可をお願いします。
しかし、多くのご両親は残念ながら理解されません。
「そんなことより、働かせてください。ただでさえ、同学年から遅れを取っているのですから。」
何度そういう発言を耳にしたか。
本当にこの支援は大変だと思わされた私です。
応援しかできませんが。
青木さん、頑張ってください。
下記バーナーのクリックを押してください。
ご協力をお願いします。
日本ブログ村に参加しています。
いつもご協力をありがとうございます。
1位でいると新しい人たちが訪問してくれます。