右下緑色キャップをかぶっているのが俺。この日5千人が集まったって
ボランティアを率先してやりたい奴なんているのかね。
おいらは19歳の時に小児病棟への慰問ボランティアに誘われた。
「はあ、ボランティア?時間にしていくらもらえるんですか?」
今俺が支援をしている人たちからこう言われたらガックリだな。
今から8年前の俺は周りのスタツフ達をがっかりさせてしまったと思う。
で結局おいらはボランテイアには参加しなかった。
ボランティア活動報告会がサポートセンター名古屋で毎月行われていた。
そん時も「あほくさ」ってなことを言って、いろいろと理由をつけて部屋で寝てたな。
あのですね。
おいらはちょうど今年で支援され続けて10年目になりますかね。
10年間でサポートセンターで支援を受けた半分の100人近くの人たちとは交流があったな。
サポートセンター名古屋は年間で20人近くしか支援をお引き受けしていないんですよ。
全て個別支援ですからね。
その100人でボランティア活動を断ったのは二人だけ。
一人はこの前フィリピンに来て女の子をナンパしまくっていた青年さん。
「何で僕がボランティア活動をしなきゃいけないんですか。納得できるように説明してください。そんなことよりナンパしていた方が楽しいじゃないですか。」
もう一人は30代半ばで、会話がまったくできない人。
ボランティア活動に参加しますと言いながら、現地でフリーズしてしまい、中断。
子どもたちにえらい迷惑をかけてしまった。
と俺。
まあそんな俺がですよ。
フイリピンまで行ってボランティア活動をさせられるわけなんです。
正直言いますわ。
物で釣られました。
悟空のフィギュア2体と三千円の現金だったかな。
交換で一週間のフィリピン滞在。
まあ現地行っておなか壊したと言って、寝込んでやろうと思っていました。
行った先は数百人近くの人が亡くなられた台風被災地です。
僕たちが常日頃支援をしている地域だったんだ。
でその日も支援をするために支援地域近くに食料と、中古衣服、そして車を待機させていたんだ。
台風の影響で国道は寸断されて、他の支援団体は被災地に入れない中、おいらたちは寸断された地域をボートで横切り、現地に入った。
なんと、その様子が現地のテレビ局で放映されたんだ。
ハゲもしっかりとインタビューに答えていた。
しかしこの時のハゲの服装はボロボロの服装だった。
なぜならば、被災地域はヘドロ状態で大変になっていたから、あえてボロボロの服を着て行ったんだ。
目立つところにいたハゲはテレビ局のインタビューに腕を掴まれて答えさせられた。
しかし、最初はその服装の汚さから、現地で被災した人だ思われていたんだ。
途中でインタビュアーが気付いて支援の状況を話させてもらった。
夕食時に3局のテレビインタビューの様子が流れてみんなで笑ったった。
横道それたけれど、まあ適当に考えていたボランティア活動だったけれどね。
確かにハゲの言う通り、おいらにも衝撃が走ったんだ。
何回も言うけれどね。
全て流された少年全裸で来て服を着て帰って行った。手を離してくれなかった
一言で俺の人生を変えやがった少年。
服を渡した俺の手を離さなかったんだ。
「気持ち悪いな、放せよ。」俺は大声で怒鳴った。
全裸で来て服を着て帰って行く前に俺に一言言ったんだ。
「ありがとう」ってね。
この一言でおいらは人生をかえることができた。
そして俺は今ここにいる。
だれもおいらをいじめてはいない。
たくさんの友達に囲まれている。
「テスト頑張ったな」と言われたんだよ、この俺がだよ。
おいらは幸せだ。
もっとすごいことが実は一昨日あったんですよ。
なんと・・・・・・。
なんと、日本のある会社から入社のお誘いを受けました!!!!!!!!!!!
♪〜 やったった、やったった、やったった!!
♪〜 ワルツで刻めおいらの気持ち!!
また明日。
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