発達障害な僕たちから2

発達障害と診断され、2次障害でひきこもった東大、青木、シンゴと50代男Aとスタッフ吉村が社会復帰目指す日常を綴りながら支援についても書いていきます。

フィリピンでの支援がうまくいかなかった人 エイジ

いまだに、ピースって・・・?「青木さんやりますか?」「やんないな。」ということです。

 

 

青木さんからの文章をいただいてそれを再掲いたします。

私の文章を付け加えてあります。

おかしな表現がありましたらごめんなさい。

 

 

「外に出たらコロナに感染する。だから絶対に出たくない。」そう頑なに言い張る彼を説得することはできませんでした。

もちろんワクチンを打つためには外に出ないといけません。

それも感染するリスクが高いということで出られなかったのです。

どうしたら良いのか?

 

 

ワクチン接種を私たちのオフィスですることにしました。

って、そんなことできるの??

ありえないだろうと皆様はお思いでしょう?

不可能を可能にするのがこの団体なのです。

不可能を可能にする男、それが青木さんです。

 

 

ワクチン接種をオフィスですることに成功した青木さんです。

そこまでしたら、ワクチンを打たない理由はありません。

彼はワクチンを打ちました。

 

 

しかし、打ったから大丈夫だとはならないのが彼なのです。

「感染しても重症にならないって言われていますが、100%ではないですよね。」

「今、病院は閉鎖しています。重症化したら僕は助かりません。」

そんなふうに言われたらもうどう返して良いのかわからず、私なら沈黙してしまいます。

 

 

 

やがてパンデミックが終わり、世間が大丈夫だと認識し始めて、大学での対面授業が再開されたのです。

しかし、彼が安定するまでにはさらに半年ほどかかってしまいました。

その時にはすでに大学に戻る機会を失ってしまっていた彼です。

 

 

遅れてもまだ大丈夫なのですが、「もうみんなと離されてしまったからだめだ。」という考えで頭が一杯になってしまった彼に、落ち着きを取り戻させるには、さらなる時間が必要なのです。

しかし、すでに支援は終わってしまっていて、今から時間をかけて支援を再開することは無理でした。

 

 

彼には日本に帰って仕事に就くか?

もしくは再び大学に戻るのかの2択しかありませんでした。

彼が選択したのは3ヶ月後に大学に戻るということでした。

 

しかし、その3ヶ月後になっても大学に戻れるまでの自信を獲得できなかった彼です。

 

 

私たちスタッフが色々と考えた結果、日本で今一度アルバイトについて、そこから再スタートを切らせるということでした。

しかし、誰かが寄り添わなければなりません。

 

 

それが東大さんだったのです。

タイミング良く東京の拠点もできました。

この9月に東大さんと彼は日本に帰り、東京の拠点で生活を始めます。

 

 

東京での新しいプログラムとはなんなのか?

それはまた明日お伝えします。

 

 

私が書かなくても青木さんが書けば良いと思います。

忙しくて書けないので、青木さんの文章をアレンジして書いてくださいと言われましたが、とても難しくて困っています。

 

 

でも明日も書きます。

 

 

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