先ゆく仲間のブンさん、シンゴさんと連絡を取りました。
お2人とも、ひきこもっていて、この団体で支援を受けて社会復帰された先輩です。
特にブンさんは僕と同じく長い間不登校だった人です。
昔はよく連絡を取っていたのですが、お2人とも忙しそうで、邪魔してはいけないと思い、時々しか連絡してないのです。
僕は8月一杯で6年近く住んだフィリピンを離れ、日本に帰国します。
日本で就労するのです。
付き合っている彼女も同じ会社で働きます。
ご挨拶も兼ねてお2人に久しぶりに連絡しました。
やはりかなり忙しいみたいです。
お2人とも言っていたことが同じでした。
「人より多く働いて遅れを取り戻したい。」
表現は違っていても、思いは同じように感じました。
決して焦っているというのではなく、自信に満ち溢れている様に感じました。
とても頼もしい感じがしました。
しかし、少し残念なことがありました。
お2人とも、青木さんが心筋梗塞で倒れて、手術をしたことを知っています。
その時には、青木さんの状態を心配して何度も僕に連絡をされてきました。
しかし、今回連絡した中で、青木さんの様子を心配する発言はありませんでした。
もちろん、お2人ともそれどころではないのでしょう。
彼女とヨーロッパ旅行に行った話を嬉しそうにしてくれたり、奥さんと一緒に日本に帰国して京都に行ったら大変な人で驚いたけど、奥さんはとても感動したという話などなど・・・。
僕はその時に彼らは完全に社会復帰を果たされたのだと思ったのです。
もう忌まわしい過去の嫌な事なんか思い出すこともないのでしょう。
毎日がとても充実しているのでしょうね。
でもなんだかとてもさびしくなりました。
青木さんにこの気持ちを整理してもらうために電話しました。
「忘れて正解だよ。僕たちがやっていることはマイナスをゼロにするだけのこと。支援が終了したら、自分の時間を精一杯生きて欲しい。それだけ。」
「テルさんは優しいね。
でも忘れるぐらいじゃなきゃ、ダメだね。」
「支援してもらったことをありがたく思ってくれるのは嬉しいけれど、これからはひきこもってしまった時間を取り戻す為に楽しめばいいんだよ。」
「僕たちも僕たちで、この支援をやりたくてやっているわけだから。」
「ブンさんもシンゴさんも幸せになったんならそれでいいんだよ。近況が聞けて良かった。ありがとう。」
まあ僕に取っては青木さんは父親みたいな存在でしたから、本当にありがたいと心から感謝しています。
会えなければ、今でも自宅の自室でひきこもっていたと思います。
全ての支援者の皆さんへ。
短期間で僕を社会復帰させてくださり本当に感謝しています。
まだまだ支援活動は続きますが、健康に気をつけてください。
僕がフイリピンにいるのもあと10日です。
残り少ない時間、フィリピン生活を満喫したいと思っています。
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