家を流されて、裸できた子どもに古着を渡したら僕の手を離さなかった。
やがて、一人暮らしをするようになり、仕事の練習もしました。
なんとか、一生懸命、真面目に働いてお金を稼ぎたかったです。
就職するために、ハローワークに行ったり、アルバイトニュースを見て面接に行きましたが、100社中、3社しか受かりませんでした。
その3社もお釣りを間違えたり、お客様への言葉遣いがおかしいと言われて、2週間で辞めさせられました。
スーパーでの商品だしの仕事です。
「明日からもう来なくていいよ。」と言われて悲しかった。
僕はもう何をやってもだめだということがわかりました。
小、中でも友達もできなかったし、就職もアルバイトもどこも雇ってくれません。
家族からは、一緒に住めないと拒絶されました。
非行に走りましたが、もう一度頑張ったけどこのざまです。
もう疲れた。
死んでしまおうと決めていました。
僕は名古屋港に身を投げました。
飛び込んだ時には、水中まで沈みました。
しかし、すぐに浮くんです。
こんなデブな僕だからか、浮いてしまうんです。
近くで釣りをしていた人に助けてもらって、僕は一命を取り留めました。
死ぬこともできない自分。
もうどうしていいのかわかりませんでした。
そんな時に、気分転換に海外へ行かないかと誘われ、いやいや行かされました。
行き先が、ハワイでもグアムでもなく、フィリピンでした。
大きな台風が襲った直後の、貧しい地域に僕は行かされました。
おばあさんは一人暮らし。食料と服をお渡ししたら、泣いてみえました。
日本の皆さんからいただいた古着を、家を流されてしまった人たちに手渡すのが僕の仕事でした。
一人の子供が、裸で僕の目の前にいます。
その子に服を手渡した後、その子が手を離しません。
顔を見ると、泣いています。
フィリピンの言葉で何か言っています。
サラマポ サラマポ
ありがとうという意味です。
その子だけではなく、たくさんの人から、ありがとうと言われました。
子どもってかわいいな。「今度いつ来るの」って言われて泣いた俺。
今まで、誰からも言われたことがない言葉、ありがとう。
僕は、泣きました。
僕は、日本に帰らずにフィリピンで生きることを決めました。
それ以来、7年間フィリピンにいます。
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