先日、ある講演会で僕のいじめられたときの体験談をビデオレターで流すので、作ってくださいと言われました。
それでスタッフに作ってもらいました。
見た人たちからの評判がよかったと昨日ご連絡を頂きました。
多くの人たちが、いじめられた人たちの話を聞くのは初めての機会だという事を言ってみえたそうです。
誰も、過去の恥ずかしい話を蒸し返したくないんだと思います。
だから、いじめられた本人の話を聞く機会がないのです。
じゃあ、お前は何で話しているんだと思われますよね。
僕にはこれしかないからです。
自慢できる話もないし、「僕」って言う人間の事を考えたら、「いじめ」られたことしかないからなんです。
自虐的になっているんじゃないんです。
人から見たら恥ずかしいって思われる話でも、違う人たちには「励まし」になるという事に気づいたので、僕は話す事ができます。
違う言葉で言えば「気づき」。
僕のつたない話の中から何らかの「気づき」が得られたという感想を頂く事が多いです。
「僕が誰かの役に立っている」
そう思えるからこそ、喜んでどんな話でもしたいのです。
どうか、お話をさせてください。
よろしくお願いします。
話をすることでいじめられた当事者が客観的に過去を見つめる事ができるのです。
スタッフから言われていた事が今わかります。
「最近ヒロさんの文章が落ち着いてきましたね」というコメントを何人かの人からもらいました。
ありがとうございました。
発達障害と言っても、成長はします。
定型発達の人たちのような成長の仕方はしないだけです。
僕も25歳になりました。
まあ、相変わらず こんなんですけど・・・
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