発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

回復に向けて一歩踏み出した僕 ジャイアン

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4年前の出来事を思い出しながら僕は何十回も頭の中を整理してきました。

 

 

 

僕に何が起こって、そして僕がどういう状況になったのか。

それはどうしてそうなったのか。

僕自身が今になってようやく整理できています。

 

 

サポートセンターの青木さんが訪問し始めてくれました。

いつもはフィリピンに滞在しているけれど、時間をなんとか見つけて僕に会いに来てくれていたんです。

 

 

青木さんの滞在時間はとても短かったけれど、話はとてもシンプルでした。

 

 

今の僕の状況を整理してくれました。

どうしてこうなったのか。

これからどうすれば良いのか。

 

 

それらを丁寧になんども言葉を変えて僕に伝えてくれました。

僕は自分で自分のことを考えることができないのです。

だから青木さんの言葉にすがりたいと思い始めました。

 

 

「これから一緒に歩んでいこう。365日いつも僕たちがそばにいる。」

「今、何をしなければならないのか。そして目標をどうするのか」

「もちろん、今という時間をめいいっぱい楽しむこともさせるよ。」

 

 

僕はこの言葉を信じようと決心しました。

決心するまでには随分と時間がかかっています。

青木さんが訪問してくれてから、1年はたっているでしょうか。

 

 

途中、退院してマンションに戻ってからも青木さんは変わらずにマメに訪問してくれました。

僕は一切反応しなくても。

 

 

僕の担当の医師に「フイリピンで生活することを聞きました。」

 

 

「フィリピンで生活をしたことがないのではっきりしたことは言えない。でも、想像するに日本とは真逆の世界のような気がします。ゆっくりと気持ちを和らげて生活しながら、回復につとめることができそうかな。ダメなら帰ってくればいいだけの話で、行ってみてもいいのではないですか。」

 

 

担当の医師が母にそのことを伝えたみたいで、「パスポートが切れているので、すぐにに取りに行きましょう。心配なら、私もついて行きます。」

 

 

また僕の怒りがふつふつと腹のそこから湧いて来ました。

でも青木さんが、「お母さんは悪い人ではないのはわかるよね。一生懸命なんだ。ジャイアン君をなんとかしてあげたいとね。でもやり方がことごとく間違っている。それで君は頭にくる。ずーっと同じ状況が続いている。」それがわかれば、頭にくることはなくなるでしょ。

 

 

 

「約束してほしい。お母さんに暴力を振るわない。

それが約束されないと、支援はできない。」

 

 

 

僕は頭の中から母に関する記憶を一切削除することにしました。

これからは新しい生活に期待することにしました。

 

 

僕はサポートセンターの人たちと一緒にやり直すことに決めたのです。

 

 

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