発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

30年のひきこもりからの回復、大将の場合 まる

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 もうひとりご紹介します。

50代の男性です。

みんなから大将と言われています。

 

 

我かんせず、マイルールで日常生活を歩んでいる人です。

お腹を壊しやすいので、腹巻をいつもしています。

その姿から、大将と呼ばれています。

 

 

そんなニックネームを他のお世話を受けている人たちからつけられましたが、本人は結構気に入っているみたいです。

 

 

さて、大将です。

大将は大学を出ましたが、就活に失敗しました。

というより、1社しか受けなかったそうです。

 

 

正確にいうと、怖くて1社だけしか受けられなかったそうです。

就活に失敗してからはアルバイトをしていましたが、数週間で怖くなってやめてしまったそうです。

 

 

アルバイト先では周りに、弁護士になる勉強をするために就職はしなかったと嘘をついていたのが、何かが原因でバレてしまい、アルバイト先にいずらくなったと話してくれました。

 

 

それ以来、自宅にひきこもっていましたから、30年近くひきこもっていたことになります。

 

 

東大さんにしてもそうですが、自宅からほとんど出ずに、30年間近く暮らしていたということが、私には想像がつかないのです。

 

 

もちろん私も、人生につまづいてひきこもっていたのですが、それでも30年間というのはあまりにも長すぎると思ってしまいます。

 

 

3年前にお世話の依頼がご親戚からありました。

お父様はすでに他界されていて、お母様とご本人の二人暮らし。

高齢のお母様にひどい言葉の暴力が出て困ってみえたのです。

 

 

見るに見かねたご親戚の方が相談されたということです。

30年近くひきこもった東大さんが前向きに過ごしていることにお世話の期待を寄せられたのです。

 

 

さて、手紙を書きましたら、数日後大将から事務所に電話がありました。

「一度会って、話をしませんか?」と電話口で言われました。

 

 

大将の口ぶりから、大将が支援者で、私がひきこもっている当事者なのかなと一瞬感じました。

 

 

30年間引きこもっていたにしてはあっさりと第三者とつながりましたので、私たちは大変驚きました。

 

 

2時間の面談予定が、4時間近くになりました。

ご親戚の方に状況をご報告して、納得してもらい、お世話が始まりました。

 

 

1週間後から名古屋事務所に来てもらう予定でしたが、面談した翌日に勝手に来られてしまいました。

それも始発に乗って、事務所に着いたのが朝6時過ぎ。

 

 

事務所がある建物の前でラジオ体操をされていました。

後でわかったのですが、小学校以来、毎朝欠かさず、ラジオ体操をしているそうです。

 

 

お昼は毎食唐揚げを食べるそうです。

事務所で食べると匂いがこもるので外で食べますと言われたのは良いのですが、20階ぐらいの非常階段に座って食べているのを私が発見して驚いてしまいました。

 

 

タイムカードは午後5時ピッタリに押さないと気がすまない性格です。

 

 

4時55分にはタイムカードの前に陣取り、その時を待ちます。

5時ちょうどに押しましたら、再び職場に戻り5分間だけ延長して、靴を履いたら、ダッシュで駅に向かいます。

 

 

一度駅から事務所に戻る途中、向こうから血相を変えて、走ってくる人が見えました。

 

 

あぶないと思った私は、道をあけました。

すれ違った時に、それが大将だとわかりました。

 

 

「大っ」と言う前に私の目の前を通り過ぎてしまった大将。

小さな駅のホームですごいスピードで通り過ぎる新幹線を見ているような感じでした。

 

 

そんな大将が希望を持って頑張っているのです。

続きは明日です。

 

 

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