発達障害な僕たちから2

発達障害と診断され、2次障害でひきこもった東大、青木、シンゴと50代男Aとスタッフ吉村が社会復帰目指す日常を綴りながら支援についても書いていきます。

Merry Christmas and hope you have a wonderful 2018 ! ヒロ

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みなさんからいただいたクリスマスプレゼントです。 Thank You !! 

 

 

どうもヒロです。

 

 

青木さんから残り3日間で読者の方々にご挨拶しなさいと言われましたので書きます。

明日は俊介兄いです。

 

 

俊介兄いもギリギリ飛び込みセーフで卒業となりました。

トリは東大さんです。

 

 

「青木さんも少しは書いた方がいいんじゃないですか。」と聞きましたら、笑っていました。

その笑顔を見る限り、当分死ぬことはないと思いましたので安心しました。

 

 

今年はおいらにとっては激変の一年でしたね。

卒業後はゆっくりさせてもらおうと思っていましたが、翌日から練習再開ですからね。

 

 

この先どうなるのやらと思っていましたら、早速の連続ダメ出しですよ。

まあ、落ち込む。落ち込む。

何度も何度も挫折しましたね。

 

 

俺はこれほどまでに、みなさんと違うのかってね。

こんなんじゃあ、社会の一員にはとてもじゃないけどなれない。

 

 

そう思い込んでいた時期もありましたが、なんとか皆様のお力添えで、今ではやっていけるという気持ちが強くなった僕です。

 

 

年末年始も休みなしで働いております。

でもとにかく仕事がもらえて嬉しいんです。

 

 

また褒められたんです。

「会計処理が任せられるわね。」と社長から言われたんですよ。

これも、サポートセンターの鬼スタッフたちの特訓の成果ですよ。

 

 

ごめんなさい。

あの時は悪い態度をとりまして。

 

 

まあ今までやって来たことが、何1つ無駄ではなくて、全てこれからの自分の将来に繋がることだったんだと、今更わかった僕ですよ。

 

 

うーん、サポートセンターのスタッフたちはやっぱりすごいわ。

ありえんでしょ。

 

 

俺IQ70で16歳まで2桁の足し算引き算ができなかった男ですよ。

 

それがここまできたのかと感無量でございます。

 

 

さて。

フィリピンの特にマニラの街中なんかを歩いておりますと、穴が空いた服を着ている人と多くすれ違います。

 

 

服を買うお金がないのです。

でも穴が空いた服を着ていても、恥ずかしがらないでいいんだと、おいらはそう思ってしまいます。

 

 

ある部分、それは人の目を気にしなくてもいいんだという考え方にも繋がっていきます。

 

 

勉強ができなくたって、顔がよくなくたって、身長が高くなくても、アレルギーが酷くて皮膚が変色してても、体が不自由でも。

 

大丈夫。大丈夫。大丈夫。

 

あなたは今のままでも大丈夫。

 

 

 

「ヒロさん、大丈夫。フィリピンに来て本当によかったな。」

周りからそう言われている気がするんですよ。

 

 

 

俺、今本当に幸せです。

命を落としかけましたが、死ななくて本当によかったなとしみじみ思うのです。

 

お金を貯めて3年後には結婚をする予定です。

 

 

頑張らないと。

頑張れる環境にあるんだから。

文句なんか何も言わずに、ひたすら前を向いて生きていきます。

 

 

今年も1年間、僕のブログを読んでいただきありがとうございました。

社長からの命令で、来年もこのブログに登場することになりました。

来年もこの南国から僕たちの生き様をお届けいたします。!!

 

 

 

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Mr.Joe南国でサンタになる。Mr.Joe

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ヒロさんは泣くのを我慢してこんな硬い顔になっています。

 

両親が蒸発してしまった兄弟がいます。

老いたおばあさんが2人の孫の面倒をみています。

そのおばあさんは足が不自由になり働くこともできなくなりました。

 

フィリピンは養護施設はどこもいっぱいで順番待ちです。

おばあさんは2人の孫の面倒をみることにしました。

 

 

お父さんは他の女性を好きになり駆け落ちしました。

お母さんは心の病気で、2人の兄弟を赤ちゃんの時川になげすてました。

そしてある時お母さんはいなくなってしまいました。

 

 

私たちが毎月訪問して、支援している小学校の校長先生からこの兄弟を助けて欲しいと言われました。

具体的には、毎日の食事と学校での行事費用などの支援です。

 

 

今年のクリスマスは私が訪問することになりました。

私はこのような家庭に訪問するのが苦手です。

すぐに泣いてしまうからです。

 

 

私は泣くとフリーズしてしまうのでよくないのです。

でもスタッフから「Mr.Joeがやってくるよ。といったら2人の子どもはジャンプして喜んだんだって。」と言われたら、行くしかありません。

 

 

車で1時間かけて、山の中の貧困地区にある兄弟の家に行きました。

私の下手な文章でご紹介するよりも写真をみてください。

 

 

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良いものをあげたいのでデパートで購入。50%引きしか買えませんが。

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   丁寧に包装することが大切だと学びました。

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  おばあさんにも服を!! 泣くのを必死にこらえた私です。

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この男の子は家の手伝いをしなければならないのであまり学校に来ていません。

先日行った小学校でのクリスマス会にその姿はありませんでした。

私は、この子の家に行き、私たちが用意したプレゼントを届けました。

 

小学校から道なき道を歩いて、1時間もかかるところにある小さな藁葺きのような家でした。(実際は竹でできた家です)。

この子はお父さんと一緒に山奥で作業していたので会えませんでした。

 

この子は、プレゼントを持って行った私に「ありがとう」を伝えたかったそうです。

 

 

そのことを小学校の校長先生は知っていましたので、近くに住む同級生のご自宅に電話して伝えてもらったとのことです。

 

「この前、ぼくの家に来てくれたけど、ぼくはお父さんと一緒に働いていたから。Joeありがとう。来年もぼくの小学校に来てください。」

 

 

それだけ言い終わると、今来た道を走って帰って行きました。

 

 

「ありがとう」

その一言が私の心を強くするのです。

私こそ、あなたとの出会いを「ありがとうございます。」

 

 

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私の回復 Mr.Joe

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私がサポートセンターに来て、一番よかったなと思うことは、「考えることをしはじめた」ということです。

ひきこもっていた時も、毎日毎日考えていました。

 

 

それは「どうしてこうなってしまったんだろうか。」や「どうしたら今の状態から逃れられるのか」この2つのことを1日のどこかで思い巡らせていたと思います。

 

 

でも、考えが先には進まないのです。

結局、中学の時に自分に嫌がらせをしたクラスメイトや、あんまり親身になってくれなかった先生に、自分がこうなった責任を押し付けておしまいにするのです。

 

 

しかし、サポートセンターでは、いつもスタツフがそばにいてくれて話し相手になってくれます。

私のどんなくだらない質問にも答えてくれました。

 

 

深刻な悩みや質問には、青木さんが時間をとって答えてくれました。

 

 

わからなかったことがわかる。

 あやふやだったことがクリアになる。

こんなに嬉しいことはありません。

 

 

私は20年間、ひきこもったことを悔しく思っていました。

同世代の人たちは20年先にいるのです。

私はそのままです。

 

 

この現実をどう受け止めればいいのか。

長い間、諦めていました。

 

 

しかし、サポートセンターは、私が納得のいくようにしてくれるという期待を持たせてくれました

 

小、中学校とうまくいかなかったこと。

周りのみんなができるのに自分だけができないという現実。

やりきれずにそのままにして来たこと。

 

 

 

そういったことを1つ1つ丁寧に解決していきたかった私です。

そして、それらが解決できるように、サポートセンターは私と一緒に頑張ってくれたのです。

 

 

私の気がすむまでとことん付き合ってくれたスタッフたち。

スタッフはみんなわかろうとしてくれました。

私が抱える問題全てをです。

 

 

焦る心配はないのです。

たっぷりの時間が支援に注ぎ込まれているのですから。

その中で私の回復は進んでいったのだと思います。

 

 

もちろん、もっと自覚を持ちなさいと注意をされて落ちこんだことは、何度もあります。

頑張っても頑張っても、できない時には卑屈になってしまいます。

そんな自分が情けなくて仕方がなかったです。

 

 

そういった心の葛藤。

サポートセンターで出会った人たちは、全員がそんなふうにして回復していきます。

 

 

私が感じた違和感。

それはそんな「葛藤」が書かれた記事を見つけられないことです。

 

 

青木さんに私が感じる記事の違和感について質問してみました。

 

青木さんはこう答えました。

 

 

1、書き手の認識のなさ

 

2、読み手が求めていること。

 

 

「どちらにしてもJoeが期待しているような記事には出会わないよ。」

「それが気にくわないなら自分で書いてみたらいいんだよ。同じ様な違和感を持っている人たちは案外多いんじゃないか。」

 

 

私が感じる違和感ということで、たくさんの人たちからメッセージをいただきました。

ありがとうございました。

私も気づかなかったこともあり勉強になりました。

 

明日もよろしくお願いします。

 

 

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私が感じる違和感 Mr.Joe

 

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たくさんの人たちから、私にはげましのメッセージを頂いています。

私はそのメッセージの1通、1通に目を通すことが嬉しいのです。

ひとり、ひとりの言葉に涙がでます。

 

 

内容は励ましとご相談の2つに分かれます。

励ましの内容は、もちろん、ご相談の内容にも涙が出てしまうのです。

 

 

お母さんやお父さんの悲しみ。

本人の葛藤。

 なんとか希望を見つけて欲しいと願います。

 

 

しかし、私はとても疑問に思うのです。

発達障害などで、今までうまくいかなかった人たちが、うまくいったというニュースの記事を最近よく目にします。

 

 

関心があるので、その記事を読むのですが、強い違和感を感じます。

「なるほど」とか「よかった」というより読後の後味がよくないのです。

皆さんはそう感じませんか。

 

 

記事の多くが「こんな仕事にめぐりあえたのでうまくいった。」という内容です。

もちろんその人にあった仕事というのを見つけなければなりません

そんなことは、今さら記事にしてまで書くことなのかとも思います。

 

 

私が一番違和感を感じるのは、心のケアの部分がほとんど記載されていないという部分です。

 

 

私は20年間ひきこもりました。

サポートセンターが、私の為に用意してくれた仕事で、これから生きていくことができそうです。

 

 

それは私に適した仕事だからです。

私の為に生活する環境を整えてくれたのです。

とてもとても、贅沢な支援だと思います。

 

 

私はそのことにとても感謝しています。

しかし、それよりも私が強く言いたいのは私の心の問題なのです

 

私は感情を持つ人間です。

悲しいと泣きます。

嬉しいと喜びます。

 

 

他の人たちより何か変わっているともよく言われますが、でも感情があるのです。

 

 

この20年間。

怖かったです。

不安でした。

 

 

 

自分は世の中に必要とされていないと思っていました。

だめな人間なのだと自分でレッテルを貼っていました。

 

 

そんな私です。

20年間ひたすら自宅でじっとしていました。

 

 

「なんとかならないのか」

「みんなのいる場所に戻れないのか」

最初はそればかり考えていました。

 

5年、10年経つうちに、希望を追い求めることから、自分を諦めることに変わっていきました。

 

20年という節目に、命を断つことを真剣に考えはじめました。

しかし、私は良き支援者に巡り会い、希望をもらうことができたのです。

 

 

今月で支援が3年目に入りました。

2015年12月、彼らが私の自宅を訪問してから丸2年がたちました。

2年前と今では全く違う状況に自分でも驚いてしまいます。

 

 

 

不安と混乱の中にいた2年前。

「とにかくここに希望はあるはずだから、絶対に逃げ出さない。」と自分に言い聞かせて今までやってきました。

 

 

その2年間はとても密度が濃くて、とても忙しい毎日でした。

あっという間の2年間でした。

私の支援はあと3ヶ月で終了です。

 

そしていよいよ自立するのです。

20年間この日をひたすら待ち望んでいた私です。

 

 

そんな私が最近の「ひきこもり」や「発達障害」の記事に違和感を感じるのです。

 

私が感じた怒り、憎しみ、後悔、絶望、孤独。

記事にされた人たちは感じなかったのでしょうか。

 

 

私なら自分の仕事のことより、私の心の葛藤を皆様に共有していただきたいと思います。

 

 とりとめのない文章になってしまいました。

 

私たちのブログを応援してくださっている方に、とても素敵な方がおられて、 こんな下手くそな文章でも、

 

混乱していて、言葉足らずな文でも、

「つまりあなたが言いたいのはこういうことなんですよ。」とまとめてくださっています。

 

 

是非そちらの文章をお読みいただき、私が何にを皆様に伝えたかったのかを知ってください。

 

 

本日もお付き合い、いただきありがとうございました。

 

 

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熊野古道への道 Mr.Joe

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私は歩いて熊野古道へ向かった。

歩いていけると思ったが、歩き始めてすぐに足がつった。

やはり20年間の引きこもりは体力さえも奪っていた。

 

 

すぐに電車に乗ることにした。

お昼を過ぎると学生たちが乗り込んでくる。

 

 

学生が怖い。

サラリーマン姿が怖い。

 

 

小さな子どもとその両親の姿も怖いと感じることに気づいた。

もう自分には手が届かないものだと感じるからなのか。

ベビーカーも直視できなかった。

 

 

南行きに乗れば到着すると検討をつけて、とりあえず来た電車に乗った。

乗った電車は各駅停車だった。

 

 

こんなものに乗っていたら、いつか学生やサラリーマンたちと鉢合わせしてしまう。

 

 

大きな駅で降りて次の電車を待った。

そしたら私の周りに異変がおきていることに気づいた。

私の周りだけ空間ができているのです。

 

 

なぜだろうと不思議に思っていた私。

駅のホームを歩いていたら、鏡に映る自分の姿をみて腰を抜かしそうになった。

そこには仙人がいた。

 

 

髪の毛はお尻のあたりまで伸び、顔中ヒゲだらけ。

人間がいまだかつて足を踏み入れたことがないような辺境の地から、人間世界に舞い降りた仙人。

 

 

途端に私は強い羞恥心を感じ、駅のホームから退散した。

とにかくこの場から逃げ出さないと。

走った。

 

 

走りながら、どこに行けばいいのか考えた。

でもどれだけ走っても、私の体の一部である髪の毛とひげはそのままついてくる。

走って逃げるより床屋が先だと気づいて、床屋に駆け込んだ。

 

 

「わあっ」と店主が私をみて声をあげた。

「お客さん、テレビの撮影か何か?」

「すみません、大至急、髪の毛を切ってください。」

 

 

そこにいたお孫さんをつれたおばあさんが体を強張らせていたことをよく覚えている。

もはやなんと言っていいのかわからなくなり、涙が出てしまった。

 

 

そうだ、日本人だからおかしいんだ。

私はペルーからおじいさんの生まれ故郷、日本にやって来ました。

ペルーの人には悪いけど、ペルーってこんなかんじの人がいるのではないかと思ったわけで。

 

 

店主に英語を話した。

ペルーではこんなスタイルは普通です。

と話した。

 

 

「お母さんちょっと来て。変な外人さんが来たけど、言葉が通じんのよ。」

 

 

「交番の山下さんは話せるよね。」

「山下さんに通訳頼んでみようか」

「職質」「警察署へ連行」「数多くの質問」

 

 

だめだ、それだけは阻止しないと。

ワタシ、ニホンゴダイジョウブヨ。カミノケカットシテクダサイ。

 

 

「作り話にしてはよくできている。」と思っているあなた。

恥ずかしながら私はこんなものなのです。

やることなすことおかしなことばかり。

 

 

生きて行くのがとても大変だと感じた私です。

うまくいかないことばかり。

また明日もよろしくお願いします。

 

 

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サポートセンターに断りの電話を入れ旅に出た。Mr.Joe

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サポートセンターのハゲとモンチッチに、これからお世話になるといいました。

言ったというより断れなかったのです。

 

 

いかつい人たちではなかったけれど、何か「断りにくい」そんなオーラが漂っていました。

 

 

断ったが最後、「なんで断るんですか?」「最後のチャンスなのに」と矢継ぎ早に質問が襲ってくる気がしたので、取りあえず「わかりました。」と言っただけなのです。

 

 

その日が近づいて来る。

やっぱり行けない。

怖さが先に立つ。

 

 

恥ずかしい思いをさせられる。

これ以上恥をかくのはもうごめんだ。

 

 

私は最終決断をすることにしました。

逃亡です。

 

 

あてのない逃亡ですが、これ以上生き恥を晒すよりはましだと判断したのです。

 

 

ハゲとモンチッチに約束した当日の朝、私は朝5時にハゲの携帯に電話しました。

 

 

 

 

ハゲに断りの電話を入れた後、この住み慣れた家を出る決心をしました。

全国放浪の旅に出ようと決心したのです。

 

 

20年間も家から出られなかった私が、放浪の旅に出る。

私自身は、出なければならない必然ができたので出る決心をしたのです。

 

 

父母に一言、言わなければと思い、玄関先で「長い間お世話になりました。たびに出ます。さようなら。」と言いました。

 

 

しかし、小さな声でしたので、父親はてっきりサポートセンターに行くと思い込んだみたいです。

 

 

しかし、こんな朝早くにおかしいなと思って父は私の姿を確認するべく玄関に出たのです。

 

 

久しぶりに顔を見合わせる父と息子です。

 

 

「どこに行く。」と聞かれたので、「旅に出る。」と言いました。

そして私は玄関から外に出たのです。

 

 

行き先はその時に決めました。

NHKラジオで聞いた熊野古道が行く先です。

 

 

「お母さん、大変だ。Joeが家出をするんだ。どうしよう。」と父の取り乱した声が背後から聞こえます。

 

 

しかし、私は歩みを止めることなく進みます。

 

 

「Joe、Joeおーい。待ちなさい」という父の声が小さく聞こえます。

と同時に車のアクセルをふかす音が背後から聞こえてきます。

 

 

父に捕まえられる。

身構えた私の横を父の車が全速力で通り過ぎます。

 

 

????  うーん?

 

 

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年老いた両親が変わることは難しい。Mr.Joe

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ひきこもっている人たちを訪問する場合は、あらかじめ訪問する人たちの顔写真を送っておくべきだと思います。

 

 

こんな人たちが訪問するのかと事前にわかれば、私ももっと安心できたはずです。

 

 

その時も父親が青木さんから写真を預かっていたのですが、私に渡しそこねています。

 

 

青木さんたちは、事前に何度も何度も打ち合わせをして、そこで色々と両親にお願いしたそうです。

 

 

でも無理だったようです。

老いた父親に、あれこれと指示を与えるのは難しいのです。

 

 

私は今サポートセンターで支援をする側に回っています。

そこで年老いた両親にあれこれ指示をお願いしたり、考え方を変えてもらうということは、とても大変なんだと自分の経験とそして面談でお会いするご両親を通して、そう学ばせてもらいました。

 

 

今まで散々私の為に頑張ってくれた両親。

その両親は白髪混じりで背中が曲がっています。

長い年月がたっていたのです。

 

ただ、ただ両親に感謝の言葉しかありません。

 

 

私は発達障害と診断はされていません。

医者にかかっていませんから。

でもサポートセンターに来て、支援する側に回ってわかったのです。

 

 

私もこの人たちと同じグループなんだということを。

支援する側と言っても、最初は補助的なことしかやらさせてもらえませんでした。

 

 

支援者をしているスタッフのそばで観察していてわかったのです。

中には自分とよく似た行動を取る人もいました。

 

 

私が小、中とクラスメイトたちにその輪の中から、押し出された理由がはっきりとしたのです。

私が観察した人たちは、全員友達もいませんし、小学校の時から周りとうまくいかなかった人たちです。

 

 

 

そして、周りの人たちとの差を感じて怖くなり、高校中退した人、大学のゼミといった小さなグループの中で、他者とコミュニケーションをうまく取れずにパニックを起こした人。

 

 

大学を卒業しても、他人が怖くて就活できなかった人。

みんな大変な中を生き抜いて来た人たちなのです。

 

 

それは、もしかしたら私の歩んでいた道かもしれません。

 

 

うまく言えませんが、小学校の時から今まで深い霧の中を歩んでいた私ですが、サポートセンターにきて、だんだんと霧が晴れてきて、私の周りの視界が良好になってきた。

そんな感じがするのです。

 

 

少し前にお世話した少年がいます。

その少年が突然その場でジャンプし始めました。

 

 

その少年を外国にお連れした時のことです。

その少年はその国がとても気に入ったのです。

そしたらテンションがとても高くなり、ジャンプをし始めたり、走り出したりしたのです。

 

 

私もその少年についていく為に一緒に走りました。

一緒にジャンプしました。

不思議な感じです。

 

 

その少年がとても愛おしく感じられたのです。

その少年。

学校で周りの人たちとうまく関係を結べなくなってフィリピンにやってきました。

 

 

でも信じられないのですが、今はとても落ち着いています。

人が変わったような感じがします。

 

 

サポートセンターマジック!!

 

いえいえ、スタッフのたゆまないお世話の結果でしょう。

 

 

今、私はとてもとても毎日が楽しいのです。

毎日色々なことがわかって楽しいのです。

感謝です。

 

 

今日も読んでいただきましてありがとうございます。

あの、私は個別にコメントをするのがとても恥ずかしいのです。

でもいただいたコメントやメールは目を通しております。

 

 

声に出して読みます。

なんどもなんども声にだして読まないと理解できない私です。

 

 

なんどもなんども読みますと涙が出てきます。

できたら小学校の時からこんなふうに励ましてくれる人たちがいたらと思ってまた泣きます。

 

心からお礼を申しあげます。

 

 

Mr.Joe40代です。

人とうまくやってこられなかった人間です。

でも今は幸せです。

 

明日もよろしくお願いします。

 

 

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