発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

誰かの役に立てることを教えてくれた支援 Joe

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    教師が出動して暴動が鎮圧されたあとの光景

 

 

 

中学のとき、私は同級生が怖くて学校にいけなくなりました。

 

 

それ以降なんとかもう一度頑張りたいと高卒認定試験を受けたり、アルバイトに挑戦してみたりしましたが、次第に気力がなくなっていき、とうとう引きこもることになってしまいました。

 

 

それから20年間独りで部屋に閉じこもっていました。

両親も私を追い立てるこことはしませんでした。

しなさすぎるくらいかもしれません。

 

 

ですから20年間は安心して生きてこられました。

しかし、不安や焦りはいつも私を襲っていました。

 

 

そんな私が誰かの役に立てるなんて、想像もつきませんでした。

考えたこともありません。

それは社会人として立派な人たちがやれるものだと思っていましたから。

 

 

 

しかし、フィリピンに連れて行かれてボランティアをさせられたのです。

「させられた。」という言い方がただしいですね。

やる気はありませんでしたから。

 

貧しい地区の小学校に定期的にお昼を作って届けたり、皆様からいただく古着を配布したり、子どもたちと遊んだり。

そんなボランティアです。

 

 

最初にサポートセンターのスタッフに聞かれました。

「子どもは好きですか」と。

 

 

私は子どもが好きです。

無邪気な汚れない子ども達と触れ合うことは喜びです。

そう言いましたら、早速ボランティアに参加させられました。

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       言われるまま買い物のお供をした私です。

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      俊介兄い、ヒロさんたちと一緒に準備です。

 

そのボランティアは私が中心に行うボランティアなのです。

そのほかのスタッフは私に寄り添うだけです。

私が自分で考えて、行動しないといけません。

 

 

もちろんアウトランインは事前にレクチャーしてもらいました。

 

 

貧困地区の小学校に私が乗った車が到着するやいなや、たくさんのこどもたちが私の車めがけて突進してきました。

その数、10人、30人、どんどん校舎から子どもたちが出てきます。

 

 

小学校低学年の子どもがつまづき倒れて泣いています。

まるで暴動のような光景でした。

 

 

大将格の子どもが大きな声で叫びました。

「Joeがついにやってきた」

「僕たちのjoe」

 

 

スタッフにそう教えられましたが、「Joeって誰?」

「どうして私がJoeなの?」

頭の周りにいっばい「?」マークが回っている私をスタッフが背中を押して、車から私をだしました。

 

「Joe待ってたよ!!」

「Joe、Joe、Joe」

子どもたちの声がだんだん大きくなって生きます。

 

 

頭の中が混乱していた私です

 

 

明日に続きます。

 

 

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