発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

場面緘黙を吹っ飛ばせ!!ドッカーン ヒロ

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本日の少年の写真は出せませんのでお口直しに俊介兄いの写真です。

 

 

数年前僕が住むフィリピンに1人の少年が青木さんに連れられてやって来た。

 

 

その少年の特徴は「場面緘黙」。

「場面緘黙」とは?とスタッフに説明してもらったけど、よくわからなかった。

 

 

フィリピンで本人に会った。

いい男だった。

歌舞伎役者のようなシュンとした顔だち。

 

 

色白男。

うーん、「こりゃあモテ男になるな。」と俺が感じた第一印象。

 

 

早速話かけた俺。

「ゲームは何が好きなの」

「たべものは何が好き?フィリピンはフルーツが安くて美味しいよ。」

「・・・・・・」

 

 

何を話しかけても黙っている。

仕方がないので、男はみんな「エロが好き」の法則にのっとって「エロい話」をした。

 

 

「・・・・・・」

何!!無反応かよ。

「場面緘黙とは無反応症候群(ヒロ命名)なのか」

 

 

「あっちゃあ、こりゃあ大変だ。」と数年前に思ったおいらがいた。

 

 

見た目で、大変なものを抱えていらっしゃるとわかる人たちがいます。

一方、見た感じは普通だなと思ったけれど、数分、会話して、「ああああ、これは医療的支援が必要な人なんだ」とわかる場合があります。

 

 

実際あった話です。

とても感じが良い人だったのですが、半月たった頃に突然おかしくなって、病院に入院してしまいました。

 

 

この団体には、医療従事者がいませんので、医療的な支援はできません。

だから医療的な支援が真っ先に必要な人たちは、医療にかからなければならないのです。

 

 

中には、就労などは考えられず、とにかく安心できる環境の中でおだやかに日々を過ごすことを念頭に置いた支援しか考えられないケースもありますよ。

 

 

1人1人状況は違っています。

だから、個別支援でしか対処できないんだということは、最近ようやくわかった僕です。

 

 

さて、「場面緘黙少年」がどうなったかみなさん知りたいですよね。

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この写真は「場面緘黙少年」が作ったものですよ。

今は、フィリピンで料理学校に通っています。

 

 

そうなんです。「あの場面緘黙少年」がです。

「場面緘黙のことを書こうと思うんですけれど」とスタッフに訊ねたおいらです。

「そんなに深刻に書かないでね。」

 

 

はい、その通りでしたね。

「環境を変えれば、あーら不思議、場面緘黙はどこに行ったのでしょうか」となりますんで。

だから「場面緘黙なんですかね」

まあいいや。

 

 

 

ハハハハハ「場面緘黙ふっとばしたった。」

「だろう!!ハハハハハ」とその少年に言ったおいら。

 

 

「ヒロさんのその態度に場面緘黙や!!」とツッコミを入れてくるまでになった少年なのでした。

 

「♩〜、僕らはみんな生きている。ハイ!!生きているから歌うんだ!!」

 

 

また明日。

 

 

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君がもういいというまでそばにいるから。ヒロ

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あの〈50代男さん〉は今、フィリピンにいる。

 

 

そして一生懸命、英語を勉強している。

来年の6月から専門学校に行く予定にしている。

フィリピンでこの先、生きていくために。

 

 

30年間、家から出られなかった人。

30年間、家族以外の人とは交流がなかった人。

 

 

「歯医者は? 病院にもかかっていないのですか?」

「家族以外怖くて関われなかったので、絶対に虫歯や腹痛にならないようにした。」と言っていた。

 

 

ご自宅にはテレビがなかった。

テレビを置かない家って案外あるもんなんです。

新聞も取っていなかった。

 

 

だから、彼の時間は30年前に止まったままだ。

サポートセンターに来て、初めて携帯電話やインターネットを知った。

名古屋駅前の風景が全く変わってしまったことに驚いた。

 

 

 

驚きと焦りと不安と。

 

 

彼の目の前の風景が「死刑宣告」のように感じられたかもしれない。

 

 

そんな彼を1年近く訪問したスタッフたち。

なんのリアクションもない中、訪問し続けた。

そして、会えた。

 

 

会えたら、やり直す決断は早い。

しかし、問題が。

30年間家にひきこもっていた彼は、まともに歩くことができなくなっていた。

 

 

毎日スタッフがご自宅まで訪問。

車に乗ってもらって、少し離れた公園で歩く練習から開始。

3ヶ月後、1人でサホートセンターまで来た。

 

 

それからゆっくりとしかし確実に支援が行われて来た。

1年、2年、3年と社会復帰へのリハビリが行われていく。

そんな中、フィリピンに行った。

 

 

初めて見るもの全てが新鮮だった。

日本みたいにあくせくしていない、ゆったりとした時間の流れが気に入った。

ここなら、自分はもう一度新しく生まれ変われそうだ。

 

 

そんなことを言っていた〈50代男さん〉。

 

 

しかし、現実は甘くない。

年齢の割には、できないことが多すぎるのだ。

一生懸命、一から出直して、できないことをできるように練習しているのだけど、それにも限界がある。

 

 

 

積み上げて来た努力も、寄る年波には勝てず。

 

 

ついに<やり直したい>という前向きな気持ちよりも、<どうせできっこない>というマイナスな気持ちが強くなって、とうとうギブアップ。

 

 

サポートセンターをやめるとなった。

スタッフが電話をしても、出ない。

ご自宅に電話しても電話に出た母親から「部屋の外から呼びかけても、返事がないです。」との返事。

 

 

 

ハガキ、メール、ライン。

全てダメ。

 

 

 

でも代表の青木は諦めずに、直々ご自宅を訪問。

強いつながりを持っていると感じた青木が、自宅玄関先で呼びかける。

「こんなことで諦めちゃダメだよ。」

「迎えに来たよ。」

 

 

「大丈夫だよ。君がもういいというまでそばにいるから。」

「出て来てください。」

 

 

そう話しかけたら、〈50代男さん〉が玄関まで出て来た。

すっと青木が差し出した手を彼は両手でしっかりと握りかえした。

 

 

「青木さん、僕はサポートセンターに行かなくなってからも、英語は忘れずにやっていました。」

 

 

手にしていたのは英語の教材だった。

 

 

「今も英語をやっていました。」

「僕はやる気はあります。ぼくはやる気はあります。やる気はありますから。」と3度も話した〈50代男さん〉。

 

 

今、彼はフィリピンにいる。

 

結婚するにはお金を稼ぐ必要があるから、英語をマスターして専門学校に行く。

誰かに好きになって欲しいので、痩せる。

映画をみる。

サーフィンをやってみる。

合コンに参加する。

 

 

ぼくは残された人生を楽しみたい。

僕の人生は僕が主人公だから。

 

 

あれ、どこかで聞いたセリフだな。

 

 

 

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50代男さんが戻ってきた!!でも青木さんがボケ出した。ヒロ

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高校受験に向けて必死な俺。人生をやり直したい一心だった。

 

 

 

50代男さんをなんとかしなければいけない。

スタッフはそう思っていた。

 

 

しかし、それにしても支援の難しさに、思わず足がすくむ。

と言ったところだろうか。

 

 

こんな時は、あの男を待つしかないんだ。

支援30年。

たくさんの人たちを支えてきたあの男。

 

 

 

支援の為にこの世に生を受けた男。

 

 

 

彼ならこの難局を打開してくれるだろう。

多くのスタッフが、彼を待った。

 

 

もちろん彼にしたって、50代男さん自身が回復を諦めてしまったことは知っていたし、毎日のようにスカイプで日本サイドと話し合っていた。

 

 

そんな彼がひさしぶりに日本に帰国し、

セントレア空港から名古屋の地に降りたった早々に、スタッフ会議を招集して、50代男さんへの支援の方向性を考えたんだ。

 

 

会議が終わったら、すぐに50代男さんへの訪問となった。

僕がお供をすることとなった。

 

 

事前のアポなし。

もちろん、突撃訪問。

 

 

玄関先で草むしりをしていた50代男さんのお父さん。

青木さんは会釈して、しゃがんで一緒に草むしりをし始めた。

お父さんと何か話ながら草を抜いていく青木さん。

 

 

なんどもお父さんに「私がすることですから、結構ですよ。」と言われている感じがした。

手を止めて、お父さんが自宅に入っていく。

2、3分たってから、出てきたお父さん。

 

 

お父さんが、首を横に振っている。

「『会いたくない』って言っているみたいだ。」

 

 

青木さんが車に戻ってきた。

そして、無言のまま車を出した。

「ヒロさん、夕飯にしようか。」と青木さん。

 

 

「???」

「僕、昼食まだなんですが。4時ですよ。」と僕。

「いつものコーヒービーンでいいよな。」と青木さん。

「青木さん、ここは日本です。日本にコーヒービーンはありませんよ。」と僕。

 

 

「あっ、喫茶店があった。」と言うと素早く駐車場に入った。

 

 

しかし、車から降りない青木さん。

運転席でフリーズしている。

こんな時はしばらく放置するしかないんだ。

よくあるパターン。

 

 

5分経過。

10分経過。

さすがに心配になって、僕は駐車場に戻ってみた。

 

 

車がない。

青木さんもいない。

「はあ? なんなんだっ!!」

「本当におかしな人だ。勘弁してくれよ。」と俺。

 

 

 

「もしもし、青木さんどこにいるんですか。」

「もう一度、50代男さんを訪問するわ。」

「昼食、先に食べていて。サラダが冷えると美味しくないから。」

 

 

「サラダが冷えると美味しくない?」

「????」

「それはコーヒーのことだろう。」と僕。

 

 

30分後、青木さんが喫茶店に帰ってきた。

 

 

「50代男さんと話して、もう一度やり直すことに同意したよ。」

「えええええ。それで?」

「明後日のフィリピン行きの便をスタッフに頼んで手配してもらったよ。」

「明後日ですか?そんな急な話。大丈夫ですか?」

 

 

「問題ないね。」

で一件落着。

 

 

僕たちは<冷めきったサラダ>を食べ?、会計を済ませて店外に出た。

 

 

「あれえ、車がないや。」

「どこに置いてきたかな。あれれれ?」と青木さん。

「あっ!! 50代男さんの家の前に置いたままだった。」

 

 

「青木さん、大丈夫ですか?」

「嬉しくてさ、なんか嬉しくて。ヒロさんに早く伝えようと思ったんだ。」

 

 

「あ、サポートセンターですか、ヒロと言います。実は知り合いのもうすぐ60近いおっさんなんですが、発達障害とボケが最近出てきまして、なんとか支援してもらえないですか。」って電話したくなった俺がいた。

 

 

 

また明日。

 

 

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英語を使って、外国で働き暮らすという僕たちの選択。ヒロ

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練習風景です。2009年頃

 

昨日の記事に多くの方からの反応がありました。

8対2ぐらいの多さで「はっきりと指示を出さないのが、おかしい。」と言ってくださいました。

 

 

いつか、世の中がそのようになってくれたら、もっと生きやすくなりますよね。

たくさんの励ましのメールをありがとうございました。

 

 

さてと。

 

 

英語を使って生きていく。

とても楽なのです。

理由ですか?

 

 

日本語は最後まで聞かないと何を言いたいのかわかりません。

 

 

でも最後まで聞いていると、最初に何を言っていたのか忘れてしまいます。

 

 

また敬語ですよ。

勘弁してください。

ほんと、僕のような程度の悪いアスペルガー人間には日本語はうまく扱えないのです。

 

 

僕は、(日本語で話されるとやはり、理解できなかったんだ。)と言うことが最近になってようやくわかりました。

 

 

これは東大さんも同じです。

 

 

東大さんは、会話を聞き取ることがとても苦手な人なんです。

それで、いつも会話をメモしています。

そのあと、メモしたものを声に出して読んでいます。

そこまでしないとダメらしいです。

 

 

しかし、英語だとそれらの作業をしていません。

必要ないらしいです。

 

 

「英語ってとてもシンプルで、論理的な思考にはとても良い言語だと思います。」と言っていた。

僕には東大さんが何を言っているのかさっぱりだったけど。

 

 

日本語のような曖昧さがない。

とてもシンプルな言語。

 

 

 

感情が出しやすい。

主語が先に出てくる。

単数形か複数形かわかる。

 

 

そして、僕は英語でコミニュケーションをとると、人格が変わります。

今までのダメな僕から、一切のしがらみを脱ぎ捨てた僕に変わることができるのです。

 

 

それは僕以上に大変な支援だった大統領もそのようなことを言っていました。

 

 

今までのダメな自分から、全く別の人格の人間になったようになります。

まあここまでの変わり方は人によって違うと思います。

 

 

 

でもMr.Joeも大統領も東大さんも、その他、このブログを書いていない人たちでも全員、英語でコミニュケーションした方が楽だと言うことです。

 

 

もっとはっきりとした理由は、専門家が解説してくれると思います。

 

 

はっきりしたことは、僕にとっては、英語圏で生活をした方が良いと言うことが、最近日本でアルバイトをしてもよくわかったことです。

 

 

青木さんが下記の文章を読んでごらんと言ってくれました。

スタッフの人と一緒に読みました。

スタッフが解説してくれたので、わかりました。

 

 

多様性を念頭に置いている社会、職場なのか。

はああああ、なんかすごいことが書いてあります。

是非、読んでみてください。

 

 

 

なぜ発達障害者は日本企業で働くのが辛いのか? - WirelessWire News(ワイヤレスワイヤーニュース)

 

 

 

また明日。

 

 

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俺は外国でコミニュケーション4割バッターだ!!ヒロ

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                  日本がダメでも海外があるじゃないか!!   日本にこだわるな!!

 

 

この1週間で数件のご相談がありました。

性的逸脱行動があるお子さんのご相談でした。

状況は様々でした。

 

 

しかし、共通していることは、子どもたちがひきこもっている状況にあることです。

 

 

また、「このことがご近所に知れ渡ると、住む場所を変えたり、仕事も変えなくてはならなくなるので、何とかして欲しい。」ということでした。

 

 

 

青木さんがいつも言っていることに、「もっとも私たちが大切にしなくていけないのは、依頼者の方のプライバシー保護です。」があります。 

 

 

ご相談をされた方達もみなさん「プライバシーの保護」を気にされていました。

 

 

さてと。

程度の悪いアスペなヒロです。

 

 

僕はうまくいかないことが多くて困っています。

例えば。

 

 

サポートセンターのスタッフが1泊2日でホテルに泊まった時のことです。

2人のスタッフに水を買って来るよう、頼まれました。

俺は千円を渡されて、水を購入した。

 

 

水をスタッフに渡したら、こう言われた。

「どうしてこんなにたくさん買ったの?」

俺は2リットルのペットボトルに入った水を6本購入した。

 

 

1人のスタッフに3本ずつだ。

少ないとなんか言われそうだから、多ければ文句ないだろう。と考えた。

 

購入を依頼したスタッフが俺に言った。

「1人に2リットルの水を1本でいいんだよ。」って。

 

 

同じような失敗はまだある。

10人いるスタッフに毎月、現金でお給料を払うことになっている。

それで、現金を入れる封筒が必要になったんだ。

 

 

俺はスタッフに「これと同じ封筒を買ってきてください。」と頼まれた。

 

 

俺は、スタッフに買ってきた封筒を渡した。

スタッフが言った。

「何年分の封筒を買ってきたの?」

 

 

「50枚入りの封筒を20束買いました。」

「およそ10年分の給料袋だね。」

 

 

毎日がこんな具合です。

 

 

ところが・・・・・・。

 

 

俺はフィリピンの高校と大学を卒業した。

大学時代はもちろん失敗をした。

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        高校卒業 式後仲間と

 

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2017年大学卒業  卒業式にてフィリピンでお世話をしてくれた人と学長さんと

 

しかし、その失敗は青木さんが想定したよりもとても少なかった。

 

 

そんな僕に予想外に、友達もできた。

友達と遊びに行ったり、人間の彼女ができたり、それどころか、女性にモテまくったりまでになった。

 

 

想定外。

青木さんたちスタッフは首をかしげる

もちろん、俺の友達たちにも実際に会い、聞き取り調査をしたんだ。

「おかしなところを感じませんでしたか?」

 

 

答えはこうだ。

「ヒロ、最高に面白いやつ。無駄なことは言わずに、最後にビシッと最高のギャグをかます天才野郎。」

 

 

「友達の話を親身になって聞いてくれる優しい人。」

 

 

そんなバカな!!

「あのトンチンカンチン、チンチントンのばかヒロが・・・・・・」スタッフはそう思ったに違いない。

 

 

ふふふふふ。

 

 

俺はすでにコミニュケーションの4割バッターになっていたんだよ。

ありがとう、フィリピン。

 

 

また明日、続きを書きます。

よろしくお願いします。

 

 

明日はもう少し詳しく書きます。

 

 

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性的逸脱行動がある人への支援 こんな事をお伝えしました ヒロ

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1人にしてはいけないので、こんな感じの食事風景です。でも多いな。

 

 

僕には支援の詳細を書き記すことはできません。

ただ、僕も同じような支援を受けてきました。

 

 

だから、教えてもらったことを書いたり、不思議だと感じたことを書きます。

 

 

それは他の人にとっても同じように必要だし、同じように不思議に思うと思うからです。

 

 

〈大まかな支援の流れ〉

 

・恋愛感情について教える

 恋愛映画を積極的に見せる。(邦画ではなく洋画に限る)

 

 

・身なりに気を使うことを教える

 からだを綺麗に保つための入浴の方法から、着替え、服の着方などを教える。

 

 

・デートの仕方を教える

 スタッフを使っての実践

 合コンなどを利用しての応用

 

 

・タッチのルールを教える

 触って良い場所、ダメな場所

 親密になれる場所

 合意/相手の了解を得る

 

 

・相手とのふれあいのルール

 手を繋ぐ/腕を組む/肩を抱く/抱きしめる/キッス /愛撫

  性行為

 

 

・リスクを教える

 

 

・予防を教える

 

 

おいらが不思議だと思ったこと。

 

  • 支援者に綺麗な女性を3人もつけたこと。

  1人だとその人に集中してしまい、周りの意見に耳を傾けなくなる。

  3人だと、1人に絞るまでにかなり時間がかかる。

 

 

  • 実践デート

 支援者から話を一方的に聞いても身につかない。

 ましてや、行動を変えることなどまず無理。

 実践の中で教え込むしかない。

 

 

  • 一緒に銭湯に行き入浴のしたかを教えた

 周りをみて学ぶことや想像することがとても苦手な人たちなので、やはり実際に体を洗うところを見せて、本人にやらせて、覚えさせた。

 

  • 恋愛映画を見せた

 色々とスタッフがアドバイスをするが、「それはスタッフだけのことで、世間一般は違う考え方だ。」という人が多いので、世間で評判が良い「恋愛映画」を一緒に見て、その後、映画の内容について話し合った。

 

  • 合コンを盛んに催した

  考え方を学んだら、あとは実践の中でやってみて、反応を確かめることでそれが自分のものとなる。

 

 

「こんなとしていたなんて知ったら、ふざけた団体だと思われませんか。」と俺は青木さんに話した。

 

 

「ふざけたことをしていると思うか、そこまでやらないと誤学習を解くことができないのかは、人によって受け止め方は違うだろうね。」

 

 

「世の中ほぼ全員ふざけた団体だと思いますよ。」と俺。

「それなら仕方がないさ。」

「理解することができる人が少ないのは仕方がないこ  と。」と青木さんは言いました。

 

 

ということで、本日を持ちまして、長々と書きましたブログ 「性的逸脱行動がある人への支援」の内容をおしまいにしたいと思います。

 

 

お付き合いいただきまして、ありがとうございました。

明日からは内容が変わります。 

僕の個人的な話です。

 

 

明日は「僕はコミニュケーションの4割バッター」です。

 

 

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性的逸脱行動がある人への支援 回復への方法はなんだ!! ヒロ

 

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島流し」を明日に控えて荷物の確認です。さようなら日本。20歳

 

「長すぎる!!」とスタッフに言われました。

といいましても、問題が問題なだけに数回で書きつくすような内容ではないかと思いますがね。

 

 

といっても、書き続けているとさすがに疲れてきます。

俺が支援をしたわけではないけれど、やっぱり一緒にいた俺自身が「この人大変だな。」って感じましたからね。

 

 

もっとも大変だったはずの俺が言うんだから、ほんと大変な支援でしたね。

 

 

結論からいいます。

あれからサポートセンターはフィリピンで4年の支援をして、青木さんは回復と判断しました。

そして、青木さんは、Aさんを日本に連れて帰りました。

 

 

まず、日本でちゃんとやっていけるか様子を見るためです。

日本では、工場に就職されました。

そして1年以内に結婚をされました。

 

 

フィリピン滞在3年目から日本に帰国して、就職活動をし、また婚活にも励みました。

 

 

その陰には、ご両親の涙ぐましい尽力がありました。

すべて、青木さんとご両親の徹底した話し合いの元に、準備されたことです。

 

 

結婚後、すぐに子どもを授かりました。

そして、今現在。

幸せな家庭を築かれています。

 

 

問題はないかって?

はい、警察沙汰になるようなストーカー行為などはしなくなりました。

しかし、少し問題はあります。

 

 

でも、「まあそのくらいならいいでしょう。」と受け止めている青木さんとご両親でした。

 

 

頻繁にご両親と連絡を取り合っていた青木さんですが、1年、2年と経つうちに、落ち着いたことを確認しましたので、サポートセンターからは、近況の確認などはしなくなっています。

 

 

さてと。

 

 

どうやって、Aさんと関わっていったか。

このブログは支援者の人たちも読んでくださっているそうです。

ありがたいことです。

 

 

どうやったのかを知りたいでしょうね。

しかし、詳細を書きますと1ヶ月間毎日書かないと無理です。

ですから、おいらは箇条書きのような感じで、さわりをちらっと書くことにしました。

 

 

性的逸脱行動での支援依頼はAさんだけではなく、そのあともありました。

そして、みなさんなんとかその後も警察にお世話にならずにすんでいます。

 

 

全ての人に同じ方法で支援をし続けています。

そして回復の成果が出ています。

 

 

 

1番いいたいことは、リアルな体験の中で学び直すことが1番確実な方法ということです。

 

 

おいらはすごく疑問だった。

日本人女性のストーカーをしていたAさんは、フィリピン人の綺麗な女性を好きになって、日本の女性のことは何も思わなくなったらしい。

 

 

でも、それはストーカーの対象を日本人からフィリピン人に変えただけなはずだ。

意味がないと思った。

 

 

しかし、それは青木さんにしてみれば、支援の方法だった。

ストーカーのような感じで好きになったフィリピン人女性は、青木さんのスタッフだ。

彼女は支援経験が豊富でもあった。

 

 

つまり、青木さんのフィールドにAさんは迷いこんだんだ。

青木さんが作った支援環境にAさんが入ったんだ。

 

 

そこには、ご両親、警察。

そして、Aさんの過去もない。

 

あるのは、青木さんたちと、Aさんだけの世界。

つまり、両者が対峙したというわけだ。

 

 

 

今になって、そう聞かされて、「すげえ。」と驚く俺です。

 

 

あともうちょっと書きたいので、明日で終わりにします。

ごめんなさい。

お付き合いください。

 

 

 

 

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