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発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

おかあさん、生きていく力をつけてあげてください ヒロ

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            美人でしよ !!

 

一人で生きていく力。

学校や社会にうまく溶け込めない子どものおかあさんたちが、もっとも望んでいること。

 

 

それは親亡き後、一人で生きていけること。

 

 

俺は一時期、サポートセンターの臨時職員として働いた。

親御さんとの面談に、スタッフと一緒に参加したんだ。

そこで親御さんたちが言うのは、「親が死んだ後に、一人で生きていけるようになってほしい。」

 

 

 

そんな話を聞いていても、その時には何も思わんかった俺。

今、その時のことを思い返すと涙がでる。

親の子どもを想う気持ちがどれだけ深いのか。

 

 

ありがたいことだ。

本当に親の存在を感謝しないといけない。

親が生きているうちに親孝行をしたいと思っているんだ。

 

 

でもおいらは親とは暮らしていません。

母親に大怪我を負わせてしまってから、家族が俺を怖がってしまい、離れ離れになっています。

 

 

どこかに引っ越してしまいました。

俺もサポートセンタースタッフも住所を知りません。

でも、それは納得していること。

 

 

俺はこれからも一人で生きていかなければならない。

でも大丈夫。特訓を10年間受け続けてきたんだ。

今じゃあ、炊事、洗濯、掃除、家事全般何でもござれだ。

 

 

縫い物だってできるんだぜ。

スタッフたちはこの6月から、一人暮らしをさせるかどうか考えているみたいだ。

 

 

ここまで来るのに10年間。

毎日。毎日。

何百回失敗しても、できるまでやり続けた。

 

 

やり続けられるようにしてくれたスタッフたち。

どんだけ失敗しても、怒らず、ただひたすら待ってくれた。

「大丈夫だよ。できるまで待ってるから。」

 

 

何百回と自暴自棄になったな。

 

 

物にあたり、物を壊し、スタッフにも暴力を振るった。

何もできないんだよ。

何も。俺はできない。

 

 

小、中とみんなからバカにされてきた。

何もできない俺。

 

 

「できないんじゃないんだよ。やろうとしないだけなんだ。」BY ハゲ

 

 

どうせ、俺はバカな人間なんだから、何もできん。

「お前たちも、こんな俺に関わるんじゃなくて、もっと可能性がある奴の支援をしたほうがいいだろう!!」

 

 

そんなふうに叫んでいたな。

 

 

あれから時は流れて。

今、俺はもう少しで一人で生きていけるまでになろうとしている。

 

 

サポートセンターの皆さんありがとうございます。

俺を励ましてくださった皆さんも感謝致します。

 

 

さて、そんな俺から、俺みたいなお子さんをお持ちのご両親にアドバイスです。

俺みたいな子どもには、徹底して経験をさせてあげてください。

 

 

子どもが小さいうちは、家のお手伝いで結構です。

犬の散歩、宅急便の受け取り、電話の応対、買い物、料理のお手伝い、風呂掃除、洗濯をたたむ、ゴミ出し、皿洗い。

 

 

やることはいっぱいだ。

これらができれば、「ありがとう。」って言ってあげてください。それだけでも子どもにとっては自信になるんだ。

でもね、できないからといって、イライラしないでお母さん。

 

 

子どもができるまで、手伝ってあげたり、励まし続けてくださいよ。

大変なことだって言うのはわかるよ。

俺は本当に不器用だったから。

 

 

そういう意味では、サポートセンターのスタッフさんたちは、待っててくれたね。

ほんとすごいよ。

神対応だよ。

 

 

1,000字超えたからまた明日。

 

 

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特別支援学級には絶対に行きたくなかった俺 ヒロ (再掲)

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俺にやり直すチャンスをくれたフィリピンに感謝 大学の廊下にて

 

 

 

来月俺はフィリピンの大学を卒業する。

俺が大学を卒業することには大きな意味がある。

 

 

俺はIQ70だった。

勉強なんて、なんもできんかった。

不登校で学校に行っていなかったせいもある。

 

 

ただ学校に行っていても授業がまったくわからなかった。

先生が言っていることが早すぎてついていけなかったから。

 

 

今になってそうわかるんだ。

 

 

俺にできることはただ1つ。

睡眠。

 

 

考えてくれ、授業中に寝ることの大変さを。

寝たくて寝てるんじゃないんだからな。

 

 

 

でも俺1人のためにゆっくりと話しをすることは、とてもじゃないけどできないわな。

 

 

だから学校がわるいわけじゃないんだ。

俺の特性が招いたことなんだ。

 

 

でも1人の中学生が、勉強がわからずに孤立していたことは事実だ。

 

 

また勉強だけではなく、身なりや動作がおかしかったり、会話がまったく他の同級生達とかみあわなかったりとか。

 

 

勉強ができないことと、それが合わさって、最悪のいじめが発生したというわけ。

 

 

そして、死んでしまいたいとまで追いつめられていたことも事実だ。

 

 

俺はフィリピンで高校を卒業した。

そして、来月フィリピンの大学を卒業する。

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仲間。心の底から欲しかった、小・中学校時代。手にしたのはいじめと差別と悲しみ

 

 

そこに至るまでには、大変な努力が必要だった。

俺の特性は、中学の時となんら変わっていなかったからね。

 

 

 

俺は中学校の時、今で言う所の特別支援学級に行った方がいいと勧められた。

 

 

とんでもない話しだ!!

誰が行くもんか、あんなところに。

それは俺にとっての死刑宣告だった。

 

 

みんなと一緒が良かったんだ。

普通が良かったんだ。

 

 

ただそれだけのこと。

いじめられていても、クラスの中にいるのと特別支援のクラスにいるのとでは全く違うんだ。

 

 

もちろん俺はいじめられていて、俺の居場所なんてクラスのどこにもなかったけどな。

 

 

それでも、特別支援学級に行くことは、死刑宣告のような感じがしたんだ。

もう決して普通には戻れない。

 

 

俺は、最低な人間なんだという烙印を押されることになると思っていたから。

 

 

まあそれは俺の大きな勘違いだったんだけれど。

今とは違う、あの時の俺をはじめとする普通のみんなは、そう思っていたはずだ。

 

 

でもわかったんだ。

俺は、フィリピンで家庭教師を7年間毎日つけてもらっていた。

 

勉強だけではなく、クラスのみんなとうまくやる方法も手とり足とり教わっている。

 

 

日常生活のありとあらゆることを、丁寧に教え込まれたんだ。

できないことは何百回と練習をさせられたな。

もうこれは地獄の特訓だ。

 

 

俺は今、大学卒業を控えて昔のことを思い出した。

そして俺がフィリピンに来てやってきたことを。

「それこそが特別支援なんだ。」BY ゴリ男。

 

 

だったらあの時、先生に勧められるまま、素直に特別支援学級に行っておいても良かったなと思う俺もいる。

 

 

 

時間が経って落ち着いてみて気付くこともある。

もうすでに終わってしまったことだけれど。

誰かの役にたてれば幸いです。

 

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 飛びな!!この文章を読んでいるあなた、次はあなたが一歩前に進む番だ。

 

 

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程度の悪いアスペな俺の大学卒業後の進路 ヒロ

 

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大学卒業まで、あと1ヶ月です。

 

 

今、少し不安になっています。

大学を卒業すると、俺は所属する場所がなくなってしまうからです。

 

 

今までは「何をしているの?」と聞かれると、「大学生です。」と答えていました。

そう答えられる自分が嬉しかった。

 

 

「すごいね。授業で使う英語とか、ビサヤ語が理解できるんだね。」

 

 

「それはそれは頑張りましたよ。大学の歴史の中で、日本人卒業生は、俺が最初ですからね。」

そう言う俺は、自信に満ち溢れている。

 

 

いまさらながら、大学のおかげで俺の心の平静を保たれていたんだな。

俺のような人間は、無所属ということが他人にバレるのが一番怖いんだ。

 

 

「無所属はこの社会で必要とされていない。」と俺なら思ってしまうから。

 

 

「大丈夫でしょ。サポートセンターで研鑽を積む予定なんでしょ。」

その通りです。

 

 

今後は、サポートセンターに身を置きながら、以下のことをしていきます。

俺に対する3ヶ年計画です。

 

 

卒業後、英語とビサヤ語と中国語とスペイン語を徹底的に鍛える。

4つの言葉をビジネスの現場で、自由に使えるようにするために語学学校に行かされる。

 

 

来年の6月からは、ビジネスの専門学校にも行かされる。

2年間の予定で。

そして3年過ぎたら、貿易会社での事務の仕事を探します。

 

 

今後サポートセンターに身を置きながら、徹底的にコミニュケーションの経験を積んでいきます。

ある時は日本の中学校で講演会をする。

 

 

<程度の悪いアスペルガーが、どのようにして海外の大学を出たのかを>実際に俺と会って、話が聞きたいという有り難い申し出もいただき始めています。

 

 

また各地での講演会のお話も計画がされ始めています。

 

 

そして、なんと青木さんと一緒に東欧に赴き、色々と新しい支援場所を作ることも計画されているとのこと。

 

 

「俺も行くんですか?」

「青木さんが連れて行くと言っているんだから、そうだよ。戦力になるから連れて行くんだよ。」BYゴリ男

 

 

「すごいことだよ。あなたの将来は10年前には想像もできなかったいほど広がってきているね。」BY まるさん

 

 

 

それと本当なのか嘘なのか、バンドを組むそうです。

俺はもちろんボーカル。

東大さんはベース。

Mr .Joeはドラム。

ハゲはギター。

 

 

で、「なんでバンド組むんですか?」と聞いたら、これもプログラムだそうですよ。

地元の商店街で催されるお祭りに出るんだそうです。

 

 

人前に出る喜びを体験するそうです。

または、感情を人前で出す練習だそうです。

 

 

 

ということで、少しは休みがもらえると思っていましたが、甘かったです。

とにかくがんばりますわ。

 

笑える将来を目指して!!

 

 

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戦い終わって日が暮れてはげのいびき ヒロ

 

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来月からサーフィン合宿で4月から英語学校がスタートしますよ。

 

 

 

あれえ?アップした文章が消えている。

 

 

また強制削除かとおもって、電話したらそうではないとのこと。

なんかよくわからないけど。

 

 

ひきこもり歴30年の50代の人が、1ヶ月間の滞在を終えて日本に帰った。

 

 

とにかく、すごい変化があった。

俺自身も、10数年間サポートセンター名古屋に身をおくが、こんなにも短期間に状況が変わった人もいないな。

 

 

残りの人生、精一杯生きたい!って決断したんだ。

そこまで変化させたハゲの力量には、本当に感心する。

話術なのか、情熱なのか。俺には、ただすごいの一言だった。

 

 

しかし、反省会でスタッフのみんなが共有していたのは、今後のことだった。

 

 

誰ひとりとして、変わったことに関しての話でもりあがっているスタッフはおらず、すでに、話はその先にいっていて、今後どうするのかを話し合っていた。

 

 

簡単に言うと

 

1、毎日、色々なプログラムをやり続ける中で、彼は、今の自分の置かれている状況がより鮮明となり、そのことであせりや落ち込みが出てくる。その対策を今後どうしていくか。

 

 

2、支援のゴールをどこに置くか。

 

 

3、彼の現状を日本にいるご両親に説明して、応援してもらえるように説得する必要がある。

 

 

この3点が議題に上っていた。

 

白熱した議論が1時間にわたって続いた。

 

 

1時間したら、スタッフが手を叩いて「終了!!また、明日。」と言って、みんなそれぞれ自分の部屋に帰って行った。

 

1時間以上話しても、頭が疲弊するばかりで、ろくな話し合いにならないらしい。

とにかく、みんなすごい情熱だ。

 

 

しかし、ハゲだけは連日の疲れから、1人椅子にもたれて大きないびきをかいて眠っていた。

 

 

「ああ、この人はロボットじゃなくてやはり人間なんだ。」とほっとした。

 

 

また明日。

 

 

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できることを増やせば社会適応できる範囲が広がるんだ。 ヒロ

 

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 高級コンドでは高級チョコレートが無料で振る舞われていた。買わずに済んだな!!

 

 

 

ゴリ男が「ちょっとヒロさんいいかな。」と俺に話しかけた。

「またなんか俺失敗しましたか?」

「早く話せよ、もったいぶって話すんじゃないよ !!」

 

 

「『できないことをできるようにすればいいだけ』という言い方なんだけれど。」

「どうしてもできないこともあるよね。」

 

 

「どんなに練習してもできないことはヒロさんにもあるよね。」

「わかりますよ。そんなことは。」

「未だに失敗の連続じゃないですか。」

 

 

「でもうまくこなしていけることが増えてきたよね。」

「はい、ありがとうございます。」

「今が高校生くらいならば、おれこの先すごい成長でよね。」

 

 

「そうだね。」

「今後もできることを増やしていこう!!」

「はい、宜しくお願いします。」

 

 

「できることが増えるとできないことがあっても、『まあ仕方が無いかな』と周りは理解を示してくれることが増える。」

 

 

「できないことがたくさんあると社会適応できる範囲はせまい。」

 

 

「できることを増やしていき、どうしてもできないことは上手に周りに助けを求める。」

「それが大切。」

 

 

とゴリ男は鼻の穴をいつもより1.5倍ほど大きくして、勝ち誇ったように俺に話した。

 

 

外の空気を吸いたくなって俺は街に出た。

 

 

 

昨日はバレンタィンだった。

恋愛中毒患者だらけのこの国。

あちらこちらに、一輪のバラを持つカップルだらけだ。

 

 

昔の俺なら「今すぐ地震が起きてこいつら全員あの世行きだ!!ハァハァハァざまあみろ。」

とひんまがった性格だった。

 

 

今、周りを見ながら微笑んでいる俺がいる。

「みんな幸せそうで何よりだ。」

花屋さんも、チョコレートやさんも、ショッピングセンターさんも、みんなよかったね。

 

 

そして俺も花を3本購入した。

一本はゴリ男。

一本は家庭教師の姉さん。

1本はいつも俺の世話をしてくれる、母親役のスタッフ。

 

 

チョコレートも長い列を並んで買ったよ。

日本は女性が男性に送る。

ここフィリピンでは男性が女性に送る。

 

 

そしてメーッセージを添えて夕食どきに渡した。

母親役のスタッフがチョコを手にしてすぐに自分の部屋に引き下がった。

 

 

食卓に出てきたときは目が腫れていた。

 

 

ゴリ男が冷蔵庫からワインを取り出した。

それは、ハゲがご支援してきた子どものご両親から、感謝の意味でもらった高級ワイン。

大切に隠してしまってあるやつだった。

 

 

違うスタッフに諭されて、ゴリ男は冷蔵庫にそれをしまった。

お母さんから怒られた幼い子どものような顔をしていたゴリ男。

 

 

もう1人のスタッフが代わりに取り出したのはビールだった。

みんなで乾杯をした。

「?」

 

 

「何の乾杯ですか?」俺は聞いた。

「ヒロさんの成長にかんぱあーい!!」

グラスのぶつかり合う音が耳に残った。

 

 

俺も少し泣いてしまった。

2月14日の日。

 

 

「俺がスタッフを想いやる気持ち」にスタッフたちが感動して泣いたと聞いた。

俺は最初次のように思っていた。

 

 

1、かなり無理してスタッフに買ったゴディバのチョコレトのあまりの美味しさにスタッフたちが泣いたって。

さすがに高いだけあるなと感心していた俺。

 

2、俺の優しさに感動したというのも頭の中の隅の方には小さくあったけどな。

 

 

「小さくても昔はなかったからな。それが成長だ!!」By ゴリ男。

 

 

そんなことより、誰もゴディバのチョコレートを俺に分けてくれなかったことに悲しみを覚えた俺だ。

 

 

我慢できなくて、今から自分用に買ってこようと思っている俺がいる。

 

 

ではまた明日。

 

 

 

やっぱり程度の悪いアスペルガーな男、見参!!

とみんな思っているんでしょ。

いいけどね。

 

 

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できないことをできるようにすればいいだけ。 ヒロ

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あっ、ここのラーメン、クソまずいですよ。 注文しちゃつたのかよ。

 

 

 

俺は小学校や中学校でつまづいた。

 

 

勉強ができなかったことと同級生たちと関わることができなかったから。

同級生たちとコミニュケーションが取れなかったんだ。

 

 

だからみんなから無視されたり、嫌われたりした。

僕が学校という社会の中に所属できなかった理由があったんだ。

 

 

それは僕の生まれながらの特性なんだ。

発達障害アスペルガーADHD

お医者さんからそのように診断された。

 

 

中学の時に診断された。

発達障害と診断されても、その時は特別な気持ちは沸かなかった。

 

 

いろいろな支援団体に行かされた。

 

 

一度は行くんだけれど、どれも2度と行かなかったり、または施設から脱走した。

理由はつまらなかったり、バカにされている感じがしたから。

 

 

サポートセンター名古屋のハゲと出会った。

ハゲは俺と面談して激しく泣いた。

いい年こいたクソ親父が鼻水垂らして泣く姿に驚いた。

 

 

「こいつ、マジで大丈夫なのか?」という気持ちは、すぐに「きっととても優しい人なんだ。」と変わった。

 

 

で、この人のところにお世話になっても良いかなと思った。

今年でお世話になって13年目になる。

 

 

俺の特性はなくなってはいない。

あくまでも程度の悪いアスペルガーな俺のままだ。

 

 

しかし、できないことをできるように日々プログラムが組まれて、それをやり通すように支援を受け続けた。

社会に戻っていけるために。

 

 

「俺はお前たちの操り人形なのか!!」

「俺はこのままで良いよ。どうせ刑務所行くしか道が無いんだからな。」

「あんたらすごいね。こんなバカにお付き合いくださって!!」

 

 

俺がやけくそになって放った言葉たちを覚えている。

できないこと。

そして諦めていたこと。

 

 

そんなことが、練習を積んでいくうちに少しずつできるようになっていった。

 

 

運転免許証。

一度行った車校は「もう来ないでくれ。」と指導員から言われて、それで行けなくなった。

 

 

2度目のところはテレビ局が取材に入ってくれたおかげで、我慢強くおしえてくれた。

 

 

ホームヘルパー2級。

研修先の病院から学校に文句の電話が入って、俺はハゲと一緒に事務所でお説教を食らった。

 

 

何百回とスタッフたちとできないことをできるように訓練をした。

 

 

目を見て話しましょう。

「ヒロさん私の目を見て!!」と若くて綺麗な女性スタッフが俺に言う。

目ではなく、胸にどうしても視線がいってしまう俺。

 

 

直立姿勢が取れずに、体が斜めになってしまう俺は、体を鍛えるために、ハゲとジムに通った。

朝早くからのジム通い。

 

 

柔軟体操、水泳、反復横とび、ボールを使った運動。

体育大学の授業のような毎日。

 

 

風呂に入ることと、体を丁寧に洗うこととは違う。

銭湯に行って、体の洗い方の練習をさせられたな。

 

 

しかし、男性スタッフのあそこの大きさや形がやけに気になってそれどころではなかった。

 

 

同性愛者ではなくて、自分と他人を比較してしまう自分がいたんだ。

 

 

1,000字だからまた明日。

 

 

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おかあさんを助けたいだけなんだ。ヒロ

 

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      支援している貧困地区の小学校の先生たちと

 

 

 

俺の書いたブログのタイトルに問題があったんだ。

だから、「タイトルを変えて欲しい。」と青木さんから電話があった。

大至急ということだった。

 

 

で、タイトルを変えたけれどそれがうまく反映されなくて、結局ブログの記事は削除されたんだ。

削除されたことは問題無い。

 

 

 

ただ、「死刑宣告」という言葉を使うのは良く無いという判断基準は、俺がブログを書く上で障害となると感じた。

 

 

 

今そのように感じているというならおかしいと俺だって思う。

しかし、昔の時の記憶を思い出してみて、もっとも適切にその時の感情を表している言葉が「死刑宣告」だったんだ。

 

 

確かに俺のボキャブラリーは少ないよ。

それでもあの言葉は俺のあの時の気持ちを伝える意味でもっとも適切だと感じたんだ。

 

 

「てめえぶっ殺すぞ。」「叩き潰されたいのか。」「お前なんか死んでしまえば良いんだ。」「今、死んでくれ。頼むから死んでくれ。さあ早く。」

 

 

俺が母親に投げかけた言葉の一部だ。

この言葉を見ただけでも嫌な思いになる人たちはいるだろうな。

でも必要なんだ。

リアリテイを感じてもらうためにね。

 

「お母さん、あなたは僕を傷つけていますよ。」

「お母さん、僕と距離を開けてもらえますか。」

こんな感じおかしいでしょ。

 

 

俺はこのサポートセンターでいちばんの古参だ。

俺の前をたくさんの野郎たちが通り過ぎていった。

だいたいみんな家庭内暴力はあったね。

 

 

でもおかしいのは、家庭内暴力を振るう奴らの言葉だ。

ほとんど同じなんだ。

 

 

だから、「糞ババアてめえ叩き潰すぞ。」と俺が過去の母親との確執を書けば、翌朝には「ヒロさんの書いていることはそのまま私の息子の言葉です。」というメールや電話が事務所に来るんです。

 

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 おばあさんと2人の子どもが肩寄せ合って暮らしている家

 

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  子どもたちに食料を届けに来ました。月一度ですけれど。

 

俺は俺みたいな大変な子どもを育てているお母さんたちをなんとかして助けたいと思っている。

それは俺の自分の母親に対する罪滅ぼしでもあるんだ。

 

 

母親をひどく傷つけてしまった俺。

 

 

母親はそのことで、持病の鬱がさらにひどくなって廃人みたいになってしまった。

残念ながら家族は住む場所を変えてしまって、音信不通になっている。

 

 

サポートセンターの事務所に俺の子どもの時の物や通知表がはいった段ボールが二箱届けられただけ。

そしてさようなら。

 

 

仕方ないことだと思っているよ。

それほどひどいことを家族にしたんだからな。

償いの日々は続くんだよ。

 

 

横道に逸れてしまった。

俺は自分の恥とかそんなもんは遠の昔に捨てたんだ。

 

 

ただ、子どものことで泣いているお母さんを救いたい。

助けてあげたいだけなんだ。

 

 

 

どうか、俺の文章で傷ついた方がみえましたら、お許しください。

 

でも、どうか昔どんなに悪かったかを書くために汚い言葉などを使うことを許してください。

 

 

程度の悪いアスペルガーな俺ことヒロからのお願いです。

ありがとうございました。

 

 

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