発達障害な僕たちから

発達障害と診断され、2次障害でひきこもったヒロ・東大とその仲間達が回復目指しての奮闘記です。

何をしたら良いのか誰も僕に答えてくれなかった。大バカ野郎

f:id:smilehousejapan:20190114092300p:plain




 

 

高卒認定試験に受かってからは、さっぱりだった。

勉強したい気持ちはあるけれど、焦ってしまい、勉強どころではなくなった。

 

 

勉強も遅れているけど、もっと不安だったのは、みんなとうまくやれないこと。

 

 

そのことが頭の中をぐるぐると駆け回る。

(どうせまた失敗する。)

(大学なんか行ってもまた1人になるだけだ。)

 

 

そう思うと、もう何をやっても無駄だと思った。

 

 

お昼のワイドショーが始まる頃に起きる。

コメンテーターのくだらない意見に腹をたてる。

 

 

飯を食ったら、エロい動画を見て自分で処理をする。

そして寝込む。

そんな生活を長いことしてきた。

 

 

これが僕の人生。

 

 

なんでひきこもっていたのか?

 

 

高校に行って、大学を出て、就職をして、結婚して、子育てして、家買って、年取って、老人養護施設で人生を終わる。

 

 

そんなレールから外れた僕です。

みんながその目的に向かって日々生きている。

そこから外れた僕は、どうすれば良いのかわからなかった。

 

 

どうしようもできない。

そして誰も僕に答えをくれない。

 

 

 

だから、社会からひきこもらざるをえなかった。

そして、それは15年にもなった。

ただ、僕は自分の大切な時間を無駄にしてしまっただけ。

 

 

 

サポートセンターの人たちと会うまで、僕はただひきこもっていた。

 

 

 

 

下記バーナーのクリックを押してください。

 

 

 

ご協力をお願いします
日本ブログ村に参加しています。

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村

 

 

いつもご協力をありがとうこざいます。

    1位でいると新しい人たちが訪問してくれます。

          クリックをお願いします。 

 

 

GW前後には注意が必要です。 マル

f:id:smilehousejapan:20190228104534p:plain


 

 

毎年ゴールデンウィーク前後になりますと、ひきこもっている当事者が不安定な状態になりがちです。

 

 

世間が浮かれているのに、自分だけがひきこもっている。

希望も何もない。

 

 

 

よくある光景。

当事者の兄弟たちが、実家に帰省してきます。

孫たちで、実家は大にぎわいです。

 

 

お昼には、寿司屋の出前や母親が丹精込めて作った料理が、食卓に豪華に並びます。

孫たちもいつもより多い人たちの中にいて、興奮し、はしゃぎます。

 

 

しかし、その輪の中に入れない当事者たちです。

「たかし(当事者)、兄さんや妹たちの家族が来ているから、ちょっと顔だしたらどうかね。」

お母さん、言っちゃったあ!!

 

 

 

その言葉を聞いた当事者は、怒りで体が震えています。

「叩き潰す。あいつら全員ぶっ殺す。」

頭の中の何かが、切れる音がしました。

 

 

椅子を持ち上げて、壁に投げつけます。

壁に向かってキックを繰り返します。

奇声を発する当事者。

 

 

「ドーン!ドーン!ドーン!」

階下の居間にも2階の異音が響わたります。

 

 

「チッ。遠いところから、実家に戻って来て疲れているのに、こんなお出迎えかよ。」と長男が重い腰を上げて、2階の当事者の部屋へ行きます。

 

 

「ヨシオ(長男)、あかんて、刺激したらあかんのや。せっかく最近大人しくなってんのに、やめてや!!」

 

 

「おかあ、大丈夫だって。」

「おい、お前はいつまで、親を振り回してんだ。障害者でもないのに、甘えんじゃねえ。世の中には、全盲でも、肢体不自由でも、希望を持って頑張っている人たちが大勢いるんだ。」

 

 

「真面目に、ちゃんと働けよ!」

 

 

「・・・・・・」

 

「少しは返事をしたらどうなんだ。自分の都合が悪くなると黙るのが、昔からのお前のスタイルだったな。」

 

 

「おい、部屋に入るぞ。」

 

 

当事者の部屋のドアを開けたら、机と本箱が置いてあり、入れなくしてありました。

 

 

こんな光景がゴールデンウィーク中に、日本のあちらこちらで繰り広げられます。

 

 

そして、困った両親は保健所に相談に行きます。

 

 

親の会に出てみませんか。

または、初歩的な関わり方を電話口で伝えられたり。

支援団体の一覧表が載っているホームページを紹介されたり。

 

 

結局問題は何も変わっていません。

 

 

やがて、当事者も時間が経つにつれ、落ち着いて来ます。

そして、いつもの静かな家庭に戻るのです。

 

 

子どもの暴力がなくなったからと、安心してはいけません。

 

 

一刻も早く、当事者が自由になれるような支援を全力で探してください。

諦めたら、それでおしまいです。

 

 

 

見つかるまで、支援を探し続けてください。

 

 

 

1人では、そして親御さんだけではもうどうすることもできないのは明白ですから。

 

 

下記バーナーのクリックを押してください。

 

 

 

ご協力をお願いします
日本ブログ村に参加しています。

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村

 

 

いつもご協力をありがとうこざいます。

    1位でいると新しい人たちが訪問してくれます。

          クリックをお願いします。 

 

 

何をやってもダメな僕はアスペルガー。大バカ野郎。

 

f:id:smilehousejapan:20190310230614p:plain

 

 

意識を少し取り戻した。

たくさんの顔が僕を覗き込んでいる。

 

 

「◯◯高校の生徒だよ。」

「学校に電話しなきゃ。」

「おい、大丈夫か。痛いところはないか。」

 

 

その声が薄れていく。

 

 

次ぎに意識が戻ったのは救急車の中。

救急隊員が僕に何かを話しかけている。

何を言っているのかはわからない。

海の中にいるような感じで聞こえる。

 

 

 

でも、とても平安を感じていた。

自分は死んでいくんだなとその時感じていた。

 

 

 

完全に意識を取り戻したのは、病院のベッドの上。

僕が意識を取り戻したのを母親が気づいた。

「◯◯!!」と母が叫んだ。

 

 

「どうして?」という言葉のあとは泣き崩れていた。

 

 

 

母には悪いが、「死んでしまいたかった。」

また、あの苦痛の日々が始まるのかと思うと、僕自身が泣いた。

 

 

 

結局、病院には2日間入院して、自宅に戻った。

母親には、「担任にも教頭先生にも会わないから、来させるんじゃない。来たら2回目の自殺をする。」と言った。

 

 

 

母親は、僕にも聞こえるように大きな声で、担任に報告を電話で入れていた。

 

 

結局、僕はそれ以来、高校にはいかなくて、退学手続きをした。

 

 

退学してからはひきこもった。

でも退学してからは、在学中より明るくなった自分がいた。

 

 

 

その後、高卒認定試験に受かったあと、大学受験を目指した。

 

 

同世代から遅れてしまうことがとても怖かった。

これ以上離されてしまったら、もう追いつけないことはわかっていたから。

 

 

 

しかし、みんなが行っている高校に行っていない自分の存在を否定する自分がいた。

誰もが普通に行けている高校に、僕は行くことができない。

 

 

考えれば、考えるほど、昔の失敗した思い出が顔を出す。

小学校の遠足で迷子になったこと。

 

 

ぼーっとしていた僕は、すれ違った違う小学校の集団についてしまっていた。

気がついたら、自分の小学校じゃない。

 

 

違う小学校の先生から「◯◯小学校の子でしょ。今から一緒にバスを探してあげるから。」と言われた。

 

 

自分の小学校に合流したら、クラスの男子から、足で蹴られたり、唾を吐かれたりした。

「お前なんか学校に来るんじゃない。邪魔だ。」と言われたことをよく覚えている。

 

 

自分でも、自分の存在は邪魔だと思った。

でも学校を休むと、母親がとてもうるさく言ってくるので、学校に我慢して通った。

 

 

小学校3年の時に大失敗をしてしまった。

お腹が痛かったけれけど、小学校のトイレで大きな方をすることができなかった。

もし、クラスの同級生にバレたら、ひどくいじめられるから。

 

 

それで、急いで小学校の体育館にあるトイレに駆け込んだ。

そうしたら、不良の上級生がトイレでタバコを吸っていた。

その中を通って便所に駆け込んだ。

 

 

 

駆け込んだら、捕まえられて、殴られたりした。

そしてとうとうちびってしまった。

「このバカ、くそを漏らした。」とまた僕を殴ったり、蹴ったりした。

 

 

僕は泣きながら、家の方に歩いて行った。

 

 

玄関で泣いていたら、母親が「どうしたの。あら臭いわね。うんち漏らしたの?どうしておトイレでしないの。ダメな子ね。」と言って、僕を叱った。

 

 

僕は、パンツにうんちを挟んで、1キロ近くを歩いて帰ってきた。

すぐに下着を交換して、お風呂で洗いたかった。

しかし、母親は延々と僕を叱り続けた。

 

 

 

下記バーナーのクリックを押してください。

 

 

 

ご協力をお願いします
日本ブログ村に参加しています。

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村

 

 

いつもご協力をありがとうこざいます。

    1位でいると新しい人たちが訪問してくれます。

          クリックをお願いします。 

 

 

16歳の僕はコミニュケーションが取れないので、死のうとした。大バカ野郎

f:id:smilehousejapan:20190417125926j:plain


 

f:id:smilehousejapan:20190417125901j:plain

 卒業した生徒の部屋の返却完了。新しい生徒たちの所へ。

 

 

僕は高校で不安な気持ちが増大していった。

みんなと自分が大きく違っていることがわかった。

 

 

中学と高校では雰囲気が違っていた。

特にクラスの男連中。

 

 

みんな女生徒と平気で話している。

それが僕には驚きだった。

僕にはそれが1番苦手なことだから。

 

 

でもその年齢なら、どの男子生徒も異性に対して並々ならぬ関心がある。

関心があるのにどうしようもできない自分。

落ち込んだ。

 

 

それでも、いつか自分もああなれると思えばいいのだけれど、小、中と低空飛行で来た自分が変われるなんていう希望は一切持てなかった。

 

 

だから、教室にいることがだんだん苦痛になってきた。

授業と授業の合間のわずか10分の時間。

寝たふりをしていた。

 

 

しかし、僕の耳はCIA並みの性能で四方八方の情報を収集していた。

そして、また落ち込む。

 

 

1番苦痛なのは昼食の時間。

クラスにいられなかった。

仲が良い人たちで集まって食べるんだ。

 

 

僕はいつも1人だった。

どうしたら、輪の中に入っていけるのかもわからないまま時間だけが過ぎていく。

 

 

だから、図書館で読みたくもない本を読んでいる振りをしていたり、寝たりしていた。

 

 

そんな高校生活を長く続けられるわけがない。

その日は、朝からひどい土砂降りだった。

雨に濡れるのがとても嫌な僕です。

 

 

誰でも雨は嫌いなんだろうけど、僕は雨に濡れて、冷たく感じたら気持ちが一気に下がってしまう。

そうしたら、落ち着くまで時間が必要。

 

 

学校に行かないと母親がうるさいので、家から出た。

でも満員電車の窓が、人息で曇っている光景を見たら、とても怖くなってしまった。

「もう電車にも怖くて乗れない。」

 

 

そう心の中で呟いた。

近くの喫茶店に入った。

 

 

「あら、高校の生徒さん?学校は?」

「警報が出ていて休校。」と咄嗟に答えた。

 

 

「ねえ、警報が出ているかテレビのニュース見てちょうだい。」と店のオーナーらしきおばさんが、他の店員に聞いているすきに、店を出た。

 

 

雨脚はより強さを増していった。

「死んでしまいたい。」と心から思った。

 

 

「どうせ自分は、この世の中に必要とはされていない人間なんだから、死ぬしかないんだ。」

 

 

そう自分に言い聞かせた。

 

 

踏切まで来た。

踏切の警報が規則正しく音を刻む。

その音に誘われるかのように、僕は線路内に立ち入った。

 

 

 

「もう少しで楽になれるんだ。」

「もう何もかもが嫌になった。」

「全てのものからさようならがしたい。」

 

 

僕は線路内にしゃがみこんだ。

 

 

「もう少しで楽になれる。」

「もう少しで楽になれる。」

なんども、心の中で呟いた。

 

 

 

平安な気持ちだった。

とても落ち着いていた。

 

 

 

突然、強い力で羽交い締めにされて、僕はひきづられて線路内から出された。

 

 

 

 

その時に、頭をコンクリートに激しくぶつけて、気を失った。

 

 

 

 

下記バーナーのクリックを押してください。

 

 

 

ご協力をお願いします
日本ブログ村に参加しています。

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村

 

 

いつもご協力をありがとうこざいます。

    1位でいると新しい人たちが訪問してくれます。

          クリックをお願いします。 

 

 

 

発達障害で両親を苦しめた僕が言いたいこと。大バカ野郎

f:id:smilehousejapan:20190416121038j:plain

卒業した生徒が借りていた部屋の掃除に飛行機で向かいます。

 

f:id:smilehousejapan:20190416121051j:plain

比較的綺麗に使用していましたので、半日で掃除は終了です

 

f:id:smilehousejapan:20190416121156j:plain

「今までありがとうございました。」と書き記した手紙を発見。

時間がたつのは早いものだと、センチになりながらトイレ掃除をする僕。

 

 

 

僕がブログを書こうと思ったのは、今までのまとめをしたかったからです。

 

 

サポートセンター代表の青木さんから、「スタッフが忙しくてブログを書く人がいないので、書いてみないか。」というお誘いがありましたが、僕も忙しくて書けませんでした。

 

 

しかし、自分の環境が変わり、少し時間ができたので書いてみたくなったのです。

 

 

 

1、小学校でうまくいかなくなった時から、高校中退してひきこもるまで。

2、16年間のひきこもり期間中。(昨日20年間と書きましたが、正確には16年間です。また途中で1年間アルバイトをしていました。)

3、支援を受けて回復し、社会に出るまでの4年間。

4、社会に出てからの3年間。

5、今の僕

 

 

 

僕は出来るだけその時の気持ちを正直に表したいので、〈汚い言葉〉や〈暴力描写〉がブログ記事に含まれます。

事前にご理解ください。

 

 

 

誰も好き好んで、そんな書き方をわざとはしません。

今、子どもの家庭内暴力に悩んでいるお母さんやお父さんにも届けたいと思っています。

 

 

 

希望なんて見えないような状況でも、決して諦めないでと僕は言いたいので、僕の当時の状況をそのまま書きます。

リアルでないと共感してもらえないと思うからです。

 

 

 

まずは〈今〉を書いておきたいです。

大学卒業後、外資の会社に入社しました。

しかし、現地採用ですから、給与は驚くくらい安いです。

 

 

その会社で3年間働いていました。

そして転機が突然訪れました。

違うアジアの支店に移動です。

 

 

 

つまり本社採用となったのです。

今でも信じられません。

 

 

でもこれはビジネスです。

必要がなければ本社採用にはなりません。

僕の何を会社が必要としたか。

 

 

それは〈語学〉です。

英語はかなり自信があります。

世界的にみるなら、英語はできて当たり前です。

 

 

日本では、いまだに〈英語ブーム〉みたいですが、英語はできて当たり前の時代になっています。

 

 

僕は、違う言語を習得しています。

英語並みに自由に使いこなせています。

その能力を会社が買ってくれたのです。

 

 

そして違う支社での仕事は、日本支社から来る日本人スタッフの通訳兼アシスタントです。

 

 

「えっ」と思いました。

「日本人と一緒に仕事をするんですか。」

「you は何か問題がありますか。」と上司に逆に聞かれました。

 

 

僕は会社にも、大学の仲間にも発達障害のことは言ってはいません。

わざわざ話す必要などないから言っていません。

 

 

しかし、日本人スタッフは当然聞いてくるでしょうね。

「なぜ、フイリピンの大学に行ったのか。」

「高校中退した後、何をしていたのか」

 

 

青木さんから、「こんなふうに言いなさい。」とアドバイスはすでに受けていますので、心配はしていません。

 

 

日本人以外とはやっていく自信はありますが、日本人とはうまくやっていく自信がありません。

 

 

 

そしたら、青木さんが、「君の会社は外資だ。だから、日本的なやり方ではないので心配ない。」と言ってはくれましたが、やはり少し不安です。

 

 

 

また明日続きを書きます。

 

 

 

明日は予定を変更して、「三流大学しか行けなくて落ち込んでいる君へ」というタイトルで記事を書きます。

 

 

 

下記バーナーのクリックを押してください。

 

 

 

ご協力をお願いします
日本ブログ村に参加しています。

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村

 

 

いつもご協力をありがとうこざいます。

    1位でいると新しい人たちが訪問してくれます。

          クリックをお願いします。 

 

 

発達障害・ひきこもり・家庭崩壊・回復へ 大バカ野郎。

f:id:smilehousejapan:20190415102137j:plain

4/14 回復支援施設工事状況    空の青さがとても綺麗です。

 

 

f:id:smilehousejapan:20190415101853j:plain

      4月14日現在。5月下旬完成予定。
 

 

どうもです。

名前は書けません。(大バカ野郎でいいです。)

歳はまあ30代です。

 

 

自分は、高校中退して、それから20年近くひきこもっていました。

20年間でまあ自宅に火をつけたり、母親にひどい暴力をふるってしまいました。

 

 

母親がおかしくなってしまって、ようやく父親が母親の相談にのったんです。

それで、両親で支援先を探していました。

 

 

医者とか、カウンセラーとか、民間の支援団体とか、色々探していました。

それで、「こんな支援があるぞ。」と僕の部屋の前で父親が話していました。

 

 

もちろん僕は、そんなことに反応は示しませんでしたね。

なぜかって?

 

 

「今更、無理。」

それが答えです。

 

 

「高校中退した時点で、もうみんなから引き離されてしまった。2浪ぐらいしても医学部に入ったり、弁護士にでもなれれば、『まあ色々と回り道をしてしまいましたが、今はなんとか頑張っています。』と照れながら、誰にでも会って話せたでしょうね。」

 

 

 

それが、高校中退して、20年間自宅にひきこもっていたんですよ。

 

 

自分の目の前にそんな人がいたら、即刻離れたいですね。

誰が好き好んで、そんな人とお知り合いになりたいですか。

 

 

無視でしょ。

無視ですよ。

こんな僕のような存在は、この世の中には邪魔なんですよ。

 

 

20歳を過ぎて、これではいけないと思って、自宅から自転車で30分離れた工場で働いてみました。

そこまで離れると、知り合いはいないですよ。

 

 

でも、大学生のアルバイトが入ってきたり、年下の連中が正社員として入社後、僕が担当する場所の責任者として配置されたりしました。

 

 

そうなると、もう働けないですよ。

毎日、びくびくしていました。

 

 

大学生たちは、楽しそうにアルバイトをしていたし、パートの人たちもそんなアルバイトの大学生たちといつの間にか、楽しく話す間柄になったので、僕は仕事場に出にくくなった。

 

 

一回休んだら、そのまま行けなくなってしまいました。

 

 

それから完全にひきこもってしまいます。

母親は、僕が急にアルバイトに行かなくなったので、「どうしたの?体の調子でも悪いのか?」と聞きましたが、僕は答えようがなかったので、返事はしていません。

 

 

 

ひきこもっていると、家庭内がいろいろとギクシャクしてきます。

高校中退後は、母親もいろんなことを言います。

父親は、一言二言しかいいませんでした。

父親はいるのかいないのか、よくわからない存在でした。

 

 

僕が高校を中退してから数年後には、父親の親戚が介入してきました。

特に祖母は、説教をしによく僕の家にきました。

 

 

その度に、釈迦の教えやイエスキリストの言葉を引用して、説教をしていました。

しかし、僕がなんの反応も示さなかったので、その怒りの矛先は母親に向けられました。

 

 

居間で、祖母が母親を責めている会話が聞こえます。

母親は泣いています。

 

 

僕はその時から祖母に殺意を抱きました。

次に祖母が僕の部屋の前で説教をした時に、「今度お前がきたら、お前を殺すぞ!!、お前の頭に包丁を突き刺してやる。めちゃくちゃにしてやる。」と言いました。

 

 

 

そしたら、祖母は僕に話すのを止めて、また居間で母親と言い争いをしていました。

「早く精神病院に入れろ。」それが僕が聞いた祖母の最後の言葉でした。

 

 

僕の存在が、家庭を壊していきます。

アスペルガーと診断された僕は、生まれてきてはいけない存在だと長く思い込んでいました。

 

 

 

僕に希望はなかった。

 

 

 

下記バーナーのクリックを押してください。

 

 

 

ご協力をお願いします
日本ブログ村に参加しています。

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村

 

 

いつもご協力をありがとうこざいます。

    1位でいると新しい人たちが訪問してくれます。

          クリックをお願いします。 

 

私たちの新たな取り組みを応援してください!! マル

f:id:smilehousejapan:20190413211155j:plain

           宿舎です。基礎工事が始まりました。

 

f:id:smilehousejapan:20190413211244j:plain

           平屋建で3部屋です。 

 

私たちは、発達障害の2次障害でひきこもったり、家庭内暴力をおこしている人たちの支援をしている団体です。

 

 

それも状況がかなり大変な方たちです。

 

 

10年、20年、中には30年間もひきこもってしまった人の支援をしています。

簡単には、私たちの提案に耳を傾けて、支援の申し出を受け入れてはくれません。

 

 

それには理由があります。

 

 

高校中退、大学中退してから何もせずにひきこもってしまった人たち。

 

 

この社会で、彼らを必要としてくれる人や場所がないことは彼ら自身がわかっています。

 

 

「今さら。」

 

 

そうなんです。

 

 

「今さら、どうしようもできない。」と思い込んでいるのです。

 

 

日本では、特に周りの目を気にしすぎてしまいます。

 

 

「だったら、誰もあなたのことを知らないし、あなたも周りにいる人たちを誰も知らない環境でやり直しませんか。」と私たちは提案します。

 

 

それでも、その提案に簡単には乗ってはくれません。

 

 

怖いのです。

みなさんが想像する以上に、他者を怖がっている彼らです。

 

 

その不安を取り除くことが、支援者の私たちにもとめられるのです。

このことが、回復までに至る支援の中で、もっとも大変なことなのです。

 

 

状況が重い人の支援は、日本では難しいと私たちは思っています。

ですから、海外にその支援先を求めたのです。

 

 

フィリピンで支援を本格的に開始してから、11年になります。

 

 

 

試行錯誤しながら、より良い効果を発揮するプログラムを考えてきました。

 

 

それは、食堂経営と野外プログラムです。

私たちが考える、最善の支援を実現させるための工事がいよいよ始まりました。

 

 

 

第1宿舎と食堂兼宿舎の完成は9月下旬予定です。

折に触れて、工事の進捗状況をご報告いたします。

 

 

1人でも多くの皆様に、私たちがやろうとしていることを知ってもらい、関心を持ってもらいたいと願っています。

 

 

どうか小さな働きですが、皆様のご指導とご関心をいただけないでしょうか。

 

 

私たちは、1人でも多くのご家庭を笑顔にすべく頑張っていきます!!

 

 

私は現地に行くことはないのです。

でも、青木の夢が叶うことがとても嬉しいのです。

 

 

 

下記バーナーのクリックを押してください。

 

 

 

ご協力をお願いします
日本ブログ村に参加しています。

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村

 

 

いつもご協力をありがとうこざいます。

    1位でいると新しい人たちが訪問してくれます。

          クリックをお願いします。