発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

最低高校だけは出ておけ!!バカな俺からの最大のアドバイス ヒロ

 

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「高校にどうして行かなかったのですか」という質問は多くの面接で聞かれた。

 

「高校にどうして行かなかったのですか」と聞かれたら、こう答えなさいとスタッフから教えてもらった。

 

 

「若気のいたりです。今は反省しています。アルバイトをしながら高卒認定試験を受けその後は専門学校に行くつもりです。」そう言うことがアルバイトに受かる早道だと言われた。

 

90回目ぐらいでようやく受かったアルバイトは中華料理の皿洗いだった。

4時くらいから9時くらいまでの勤務。

でも失敗して3日程度で来なくていいと言われた。

 

 

その次はサウナのボイラー係。

とても暑くてダウンして数日でやめさせられた。

 

最後が英会話のチラシ配り。

これは結構長く続いた。

しかし道行く人に強引にチラシをわたしたことがトラブルとなり、事務所にクレームがきて、首になった。

 

 

まあ、昔のことはどうでもいいんですけれど。

とにかく「働く」ことができたのはとても良い経験だったと今振り返ってみてもそう思います。

 

で、このアルバイトを100社近く受け続けて一番僕が学んだことを今から書きます。

 

 

それは「高校ぐらい出ていないと、この世の中では通用しないということ。」です。

 

 

もちろん中卒でも世の中で確固たる地位をきずいている人たちもいます。

しかし、その人たちは普通の人以上に何倍も努力できる様なバイタリティあふれている人たちなのではないでしょうか。

 

 

ぼくの様な程度の悪いアスペルガーな人はそこまではできないと思います。

 

 

「世の中は学歴で人をみる。」

これがいいとか悪いとかではなく、そういう現実があるんだから、自分もがんばらないといけないんだなと思ったわけです。

 

 

思うことと実行に移すことは違います。

アルバイトに3つ受かっても前向きに頑張ろうとしなかった俺です。

 

 

で、もう1つ経験してうれしかったことが最近あります。

それは大学卒業後に日本に帰った時、試しにアルバイトの面接を受けてみました。

これはスタッフには内緒にしていました。

 

 

まあこれでバレたんですけれどね。

で3つ受けて全て受かりましたよ。

すべて面接があったんですけれどね。

 

 

 

「海外の高校と大学を卒業されたんですね。すごいな。でどうしてうちの様なアルバイトに申し込まれたんですか。もっと割りの良いアルバイトがあるでしょう。」

 

 

僕の履歴書に目を通した面接官は優しい表情で僕を眺めていた。

僕は9年前のリベンジをきっちりと果たした。

 

 

たかがアルバイトでそんなに喜んでと見下して見える方もいるかと思います。

 

 

9年前の僕はそのたかがアルバイトに受かるのに100社近く受け続けなければならなかったのです。

僕は「程度の悪いアスペルガーな僕」なんですから。

 

 

 

でも、9年間で僕は変わった。

そして今も僕は変わることができる。

 

 

人の4倍やる必要があるかもしれないけれど、4倍やればいいんだよ。

そうしたらみんなと一緒になれるんだから。

 

 

がんばります。

明日のために。

 

 

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アルバイトに受かりたい、スタッフとの修行が始まった。ヒロ

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アルバイトの面接の練習をしました。

実戦さながらに練習しました。

僕の動作や視線、姿勢まで徹底的に凝視されました。

 

 

面接官の質問にどう答えるかまで徹底的に練習させられました。

もう大丈夫だろうということで、アルバイトの面接に臨みました。

 

 

しかし!!

 

 

10社受けて1社も受かりません。

1社、1社面接が終わった後にもう1度再現フィルムの様にスタッフの前で面接時の様子をさせられました。

 

 

スタッフが首をかしげます。

「おかしいな、数社ぐらい受かってもいいのに。」

「ヒロさん、あなた何か余計なことを面接官に言っているでしょ。これからはICレコーダーを持って行ってもらいますから。」

 

 

面接が終わってサポートセンターで再現フィルムをした後ICレコーダーをスタッフたちで聞いたんだ。

「おおおおおっと」スタッフたちが思わず声を出した箇所。

 

 

はい、行ってみよう!!

 

「ヒロさんは高校に行っていませんね。何か理由があったのですか?」

「はい、働く必要があったので高校を諦めました。」

「必要とは?」

 

 

「はい、ぼくの母は心の病気でして、でも飯をいっぱい食べるんです。それで食費がかさんで仕方がないんです。」

「失礼ですけれど、お父様は働いてみえますか?」

 

 

「はい、◯◯株式会社に勤めております。普段は世界中を回っています。」

 

 

「そんな大きな会社にお勤めなのにあなたは高校を諦めなければいけないのですか?」

「とても悔しいのですが、それが現実なのです。」

 

 

「はあ!!」と大きなため息をしたスタッフが「ちよっとおトイレ行ってきます。」と席を離れた。

「私も。僕も。」と席を立ったスタッフたち。

 

 

気づいたら俺だけ独り部屋に残された。

俺は部屋で独り「ヒロ軍団」と会話をしていた。

 

 

「兄貴、この状況まずくないですか」と言ったのは俺の1の子分の「伝助」だ。

 

 

「早くお金が欲しいな。もうすぐ新作のフィギュアが出るんだよ。最高なんだ!!あの名場面の再現な。考えただけで、ちびりそう〜。

 

 

「親分、おいらにも見せておくんなせえ。」

「おい、てめえがどの口で言うんだ。おい、てめえ!!」

「消えちまいな。」

 

 

「お や ぶ ん・・・」

 

 

「はい、はい、ヒロさん妄想タイムはおしまいです。」

 

 

「ヒロさん、聞いてね。はい、体をこっちに向けましょう。」

「聞くときの姿勢は?」

「はい、そうですよ。相手の目を見て。」

 

「はい、◯◯スタッフに質問です。」

「何ですか、ヒロさん。」

「何で青色のコンタクトをしているんですか?」

 

 

「気になるのね。その質問は面接の練習とは関係ありますか?」

「ありません。」

「では、面接の練習を再開します。」

 

 

「高校に関しての質問が出されたら、この様に答えてください。」

 

 

俺はスタッフのその提案に噛み付いた。

「全否定ですか?俺にダメ出しですか。」

「はい、スタッフの言う通りに言ってください。お金が稼ぎたいならね。」

 

 

こんなバカな俺にもいよいよ、アルバイト合格の吉報がもたされるのであった !!

 

 

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アルバイト100社受けて3社しか採用されなかった ヒロ

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小、中と不登校だった。

成績ははっきりとは覚えていないけれど、多分オール1だと思います。

 

 

中学校を卒業した後は高校に入った。

「おい、てめえ、嘘はやめろ!!オール1の成績で入れる高校なんかあるもんか」

それが、あるんですよ。

 

 

「名前だけは忘れずに書きなさい。」

父親か中学の先生か忘れましたけど、そうアドバイスを受けました。

そしたら受かりました。

 

 

名前だけはちゃんと書きましたけれど、後の解答は何も書いていません。

でもちゃんと合格しました。

裏口入学でもないですよ。

 

 

それで確か入学式はいやいや行かされました。

そして授業も1、2回行きましたね。

はい、それで終了です。

 

 

その後僕はサポートセンターでお世話になります。

2年間程度色々と挑戦して、そしてアルバイトの面接に臨みましたよ。

はい、惨敗でした。

 

 

受けても受けても合格しないです。

履歴書を相手の会社に送付して、連絡を待っていてもどこからも来はしません。

 

 

面談に行っても名前と住所と年齢確認の3つ聞かれて「はい、ご苦労様でした。」「次の方どうぞ。」でしたよ。

 

 

バカな僕でもわかって来ますよ。

「俺なんか全く関心を持ってくれていない。」ってね。

 

 

40くらいのアルバイト面接に落ちた頃から嫌になった。

「どうせ俺みたいなバカはどこも採用してくれない。」と思ったから。

 

 

サポートセンターでお世話をしてもらっている他の奴らはどんどんアルバイトを決めて来るのに、俺だけ蚊帳の外だ。

いじけていた俺もさずかにスタッフに泣きついた。

 

 

スタッフとなんども話し合いの時を持った。

そして俺自身が確認したこと。

 

 

1、面接時の態度が悪い

 

腕組みをする。

せきばらいをする。(これ俺の癖なんです。)

体をクネクネさせる。

 

 

 

それらを徹底的にスタッフに注意してもらう様にした。

実はお世話をしてもらい始めた当初から、おいらは散々それらの点をスタッフから指導を受けていたんだ。

 

 

しかし、「てめえ。、うるせえぞ。かったるいんだよ。」

そんな言葉をスタッフに吐いて、何1つゆうことを聞かなかった俺だ。

 

 

しかし、アルバイトをしてお金が欲しかった俺はプライドをかなぐり捨てて、スタッフに尋ねたんだ。

それから俺とスタッフの2人3脚での修行が始まった。

 

 

しかし、1度ついた変な癖はなかなか消えなかった。

さすがに一日中変な癖の指摘ばかりされるもんだから、ストレスが溜まりに溜まった俺は食卓テーブルをひっくり返して、皿を叩き割り、何もかもぶち壊してやった。

 

 

サポートセンターでも自分だけが皆んなから取り残されていく。

 

 

不安と焦りの中でとにかくアルバイトに採用されることを目指して日々俺の努力は続いていく。

 

 

お金は何に使う予定だったかって?

 

 

今だから正直に言いますよ。

 

1、ドラゴンボールAKB48のグッズ

 

2、出会い系サイトの課金。(結局騙されましたけどね。)

 

 

いじょう。

 

 

また明日。

 

 

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中学生と先生向けの2つの講演会をさせてもらいます。ヒロ

 

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昨日日本に帰国しました。

夕方にセントレア空港(中部国際空港)に到着したんです。

 

 

フィリピンでサポートセンターの支援を受ける決断をされたある人が、偶然にも僕と行き違いで僕が日本に到着した翌日にフィリピンに行くんです。

 

 

それでスタッフからその人とセントレアで出会って夕食を共にしてくださいと僕に連絡が入った。

 

 

その人は僕が話すフィリピンの話題をうなづいて聞いてくれていました。

 

 

一見普通の人でした。会話は僕の一方的な話で終始しました。

やはりどこか自信のなさをその人に感じました。

 

 

まあ、これ以上はその方に許可はとっていませんので、お話しすることはできません。

でも「すれ違うっていうのもなんかすごいな。」

 

 

夕食が終わったのが9時近くでした。

そのあと僕は名古屋駅に降り立って宿泊先のホテルに向かいました。

 

 

名古屋駅が近づいてきたら、だんだんと不安が強くなって、動悸が激しくなってきました。

 

 

まあ、空港から指定席で名古屋駅でしたから、以前の様なパニックにはなりませんでした。

 

 

空港から重い荷物を持ちながら歩くのは無理でしたので、タクシーでホテルまで行きました。

 

さて。

僕は来週2つの講演会をさせてもらいます。

 

 

1つは中学校の生徒さんに向けてのお話です。

「みんな幸せになるべきなんだ」 というテーマでお話しさせていただきます。

 

 

もう1つは小、中学校の先生に向けてのお話です。

小、中不登校だった僕があの時何を考えていたか。

そしてどんな支援が欲しかったかをお話しさせていだきます。

 

 

この講演のお話を頂いた時青木さんはとても喜んでいました。

「なんども、なんども僕に『よかったね。』」というので少しくどいと感じました。

 

 

中学校や教育委員会からの講演の依頼だからうれしいらしいです。

 

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僕にしても青木さんにしても、いやサポートセンターで支援を受けている人の多くは高校中退です。

中には小学校から不登校で中学から行けなくなったMr.Joeみたいな人もいます。

 

 

ほぼ全員と言っていいほど、学校に対して良い印象を持っていないのです。

 

 

その僕たちが、昔苦しんだ場所で昔の嫌な思い出を見ず知らずの人に語るということは大きな大きな意味を持つのです。

 

 

過去を乗り越えるというとオーバーな言い方だと思うかもしれませんが、ぼくはそう感じました。

 

 

「あの時のことを思いだして語ることができる。」というのはあの出来事を真正面から見つめ直すことが少なくともできているということなんです。

 

 

そのことを実感できる唯一のことが中学校での講演会なのかもしれません。

 

 

たくさんの生徒を前にしても僕は1人の生徒に語りたいと思います。

15歳だった昔の僕にです。

 

 

「恐るな!!」

「死んでしまいたいなんて思う必要はないんだ。」

「希望はあるんだから」

 

 

 

できたら自分の出身(ほとんど通学はしていませんが。)中学校でお話をしてみたいと思っています。

その時自分は何を感じるんだろうと想像してみたりもします。

 

 

さて残り数日ですが、原稿を見ないでも話せる様にまた話すスピードが適切なのかスタッフに見てもらいながらその日に備えます。

 

 

 

講演会のお話をいただきましてありがとうございます。

 

 

あの、サポートセンターにはまだ話したいという人が少なくとも現時点で5人おりますので、日本全国からの講演会のご依頼をお待ちしております。

 

 

僕たちが人前で話すことはそれは僕たちの回復プログラムのひとつでもあるのです。

 

 

 また明日。

 

 

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13年間支援を受けたにも関わらず、日本社会に戻れない俺 ヒロ

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13年間支援を受け続けて俺は変わった。

俺自身がそう感じるんだから、周りからみたら激変という感じだろうな。

 

 

そして来年の3月で俺の支援は終わる。

俺は日本に帰ることを決めていた。

日本で1人で生きていく。

 

 

そのために年明けから仕事を探すつもりだった。

もちろん正社員。

もうアルバイトでやり過ごす時間は終わっている。

 

 

仕事は自分の特性を考えて探します。

でも選り好みなんかしませんよ。

こんな僕でも雇ってやろうと思ってくださるところなら、僕は喜んで働かさせてもらいます。

 

 

しかし、この10月に日本に帰って今の自分がどういう状態にあるのかよくわかった。

フィリピンというぬるま湯に浸かっていただけなんだということがよーくわかった。

 

 

ぬるま湯に浸かり過ぎてふぬけてしまった俺。

さて、どうするか?

 

 

これから先のことを改めてサポートセンターのスタッフと相談した。

 

 

以前にも書きましたが、サポートセンターは来年春の支援終了後に再び専門学校にいくことを提案してくれた。

その申し出はとても嬉しかった。

 

そんな申し出をいただける様な状況まで変わった自分が嬉しかった。

 

 

しかし、俺はすぐにでも給与が欲しいんだ。

早く自立がしたくて仕方がない。

言い換えれば、社会人になりたいんだ。

 

 

大きな夢なんかないさ。

結婚して家族を持ち、こどもに囲まれた生活をしたいだけなんだ。

だから1日も早く仕事がしたいんだ。

 

 

でも現実は甘くなかった。

駅の人混みを見てパニックになった俺です。

大学の同期が全て就職できたのに、俺だけがまだ就職浪人という現実。

 

 

それらが重なり合って、自分に大きなストレスがかかった。

それらに潰されそうになって、必死に名古屋駅から逃げ出したんだ。

 

 

就職前でこれだから、就職できたとしてもすぐに離職だ。

それにしても日本人はすごい。

あの名古屋駅の人のスピード感。

 

 

まあよかったんだと思います。

日本の社会には戻れないことがはっきりとしたから。

自分はこのフィリピンか他の国で生きていくしかないんだ。

 

 

ここで頑張ろうと自分で確認することができたんだ。

それで十分さ。

 

 

いつかもっと自信がついたら、日本の社会に戻れることだってできるかもしれないし。

 

 

さてと、また頑張りますか。

気持ち?

下がっていないですよ。

 

 

幸せかって?

しあわせですよ。

はい。とてもとても幸せです。

 

 

 

みなさんありがとう!!

 

 

あっ、僕11月の17日に日本に帰りますよ。

日本で講演会をさせてもらうんです。

本当に嬉しいです。

 

 

中学校で生徒たちへのお話。

そして小、中の先生方への「アスペルガーで小、中不登校だった経験を通してどの様な支援を本人は望んでいるのかというおはなし。」です。

 

 

詳しくはまた明日書きます。

 

 

あの、外部からは来られませんのでサポートセンターへのお問い合わせはご遠慮ください。

 

 

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自分は変わったと勘違いしていたバカな俺。ヒロ

 

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 丁寧に掃除をしましょう。横でスタッフが睨みをきかしているんです!!

 

 

 

スタッフに俺の頭の中の混乱の正体を整理して教えてもらった。

 

 

そして俺なりにわかったこと。

 

 

1、日本での生活は今は諦めるしかない。

理由は、しっかりとした自信が自分の中に未だに根付いていないからだ。

 

 

そして昔の嫌な思い出が蘇ったという事実。

サポートセンターに来ても数年間はそのことが頭の中を支配していた。

いや頭だけではなく、俺の体全体を支配していた。

 

 

支配されていた俺は無気力だった。

時には周りに激しい暴力を振るったり、金銭をごまかしたりもした。

 

 

「いじめ」「小、中の勉強が全くわからない。」「両親の期待に何も応えられなかった俺。」「学校に行くか仕事をするかどちらかにしろと母親に追い立てられたこと。」

それらが未だに俺の体内に居残り、俺を再び支配しようと狙っているんだ。

 

 

 

「努力なんてしても無駄さ。」「お前は障害者なんだ。何もできはしないさ。」

 

 

「自分だけこんなふうになったのは不公平だとは思わないのか。」

「社会が悪いんだ。憎む相手はこの腐りきった世の中だ。」

 

 

 

恐ろしい考え。

そこから生まれるのは「悲しみ」しかない。

 

 

サポートセンターにいた数年間俺は狂っていた。

しかし、4年後環境を変えようとフィリピンに行ってから、それらの記憶が少しずつおいらから離れて行き始めた。

 

一番大きかったのは日本から離れたことで、思い出すきっかけとなるようなことから離れたことです。

 

 

着ていた服も、靴も。

自分が持っていたものは全て日本に置いてきて、フィリピンで新しく買い換えました。

 

 

何もかも新しくするために。

 

 

インターナショナルハイスクールに入るため1年間地獄の特訓を自らに課した。

そして俺は高校を卒業する。

卒業だけではなくたくさんの友達ができた。

 

 

生まれてから中学まで1人も友達がいなかった俺に友達と呼べる人たちができたんだ。

 

 

そして大学入学。

その学生生活は人間関係にこれでもかとつまづいて、つまづいて、つまづき続けたおいらだった。

 

 

1年間の謹慎生活も食らった。

しかし、できたんだ。

そう、おれにも人間の彼女ができたんだ。

 

 

しかも信じられないくらいの美人な女性。

毎日ぼくと生活を共にし支えてくれていたスタッフたちも自分のことのように喜んでくれた。

 

 

昔の嫌な記憶?

謹慎がとけた大学3年からはほとんど思い出さなくなっていた。

4年生になったら全くといっていいほど、思い出さなくなった。

 

 

それどころか、おいらはこの失敗続きの経験を生かして、他人様のお役に立ちたいと思い始め、ブログを書いたり、講演会や研修会でお話をさせてもらったりもした。

 

 

俺は本当に前向きな人間に生まれ変わったんだ。

 

 

そう信じ込んでいたバカな俺でした。

現実はそんなにしっかりとしたものではなかったんだ。

 

 

明日また続きを書きますのでよろしくお願いします。

 

 

 

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アスペルガーな俺に新幹線の切符の買い方を教えてくれたスタッフ ヒロ

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     生きていくの辛いですね。
 

 

スタッフが僕に謝った。

「新幹線の乗り方を教えていなかったね。わからないのも当然だよごめんなさいね。」

 

 

それで駅が空いている時間にスタッフが僕を名古屋駅に連れて行ってくれた。

そして新幹線の切符の買い方をマシーンを使って教えてくれた。

 

 

俺は正直怖かった。

名古屋駅に行くよ。」とスタッフにうながされて足がすくんだんだ。

でも追い立てられるように俺は名古屋駅に降り立った。

 

 

お昼前の名古屋駅はまた違った表情だった。

朝の通勤時間と違ってゆったりとした時間が流れていた。

たくさんの音もなくなっていた。

 

 

スタッフと一緒に新幹線の切符売り場に行き、マシーンの画面を覗き込みながら、スタッフが説明してくれた。

ゆっくりと1つ1つ確認しながら教えてくれた。

 

 

俺は後ろに長蛇の列ができはしないかとビクビクしていた。

思った通り俺たちの後ろにサラリーマンが立った。

俺はたちまちフリーズしてしまった。

 

 

それに気づいたスタッフが後ろのサラリーマンに言った。

「すみません。今こどもに新幹線の切符の買い方を教えていますので、時間がかかってしまいます。ごめんなさい。」

 

 

スタッフがそう言うとサラリーマンは僕たちに軽く会釈して違うマシーンの後ろに並んだ。

 

 

「子どもなのか俺は。」

少しプライドが傷ついた。

しかし、この手は使えると思った。

 

 

困った時には「僕はハンディがあります。」や「ぼくは障害者ですからご迷惑をおかけしてごめんなさい。」と先に周りの人に謝ってしまえば、落ち着いて物事をこなしたり、見たりできるな。

 

 

そういえば、色々なステッカーのようなものが出回っていると聞いたことがある。

 

 

「私は◯◯です。」と自分の状態を周りに気づいてもらうためのものです。

とても便利だとは思いながらもぼくはそれを使う気はしない。

 

 

 

やっぱり恥ずかしいからな。

ここぞという時だけ使いたいな。

いつもいつもそれを周りに示すのは、やっぱ恥ずかしい。

 

 

なんどもなんども新幹線の切符を買う練習をした。

JR東海の駅員さんが僕たちの所に来て「何かお困りですか?」と聞いてくれた。

とても優しい聞き方だった。

 

 

「すみません。子どもに切符の買い方を教えています。」

「そうですか、わかりました。」と言った駅員さんの表情には微笑みがあった。

 

 

おかしい。

「お前は死ぬべきだ。」と言う声が聞こえない。

「新幹線なんか乗るんじゃない。」と言う声も聞こえない。

 

 

自分1人で切符が買えるまで30分ほどですんだんだ。

「ヒロさん、あなたは1人で香港の郊外や中国の地方都市に行けるんだよ。」

「私は少し怖くて行けないな。」

 

 

「でも、きっと1度行けば、次からは大丈夫。」

「知らないことは私でも少し怖いけどね。」

 

 

「でもやれた。できた。と言う経験がたくさん積み上がって行けば、知らないことでもきっとできる。大丈夫じゃないかって思えるんだよ。」

 

 

僕は神妙にスタッフの言葉に耳を傾け、東大さん直伝の「聞いたことはその場でメモ帳に書く。」を実践した。

 

 

その日はどっと疲れて、直ぐに寝た。

 

 

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