発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

僕が見つけた僕の希望 2 Mr.Joe

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美しい海に大勢の外国人が押しかけています。ここはフイリピンなんです。

 

2年間フィリピンに滞在中に僕がしたことはすでになんども書いていますので簡単に書きます。

 

 

僕はサポートセンターのスタッフ達との話し合いで、自分に向いている仕事がネイチャーガイドだと思ったのです。

 

 

ネイチャーガイドですが、海に潜ったり、フイッシングをしたり、テニスやサーフィン、トレッキングまでなんでもこなせるそんなガイドになりたいと思いました。

 

 

今までぼくの周りは深い霧に覆われていて、自分が今どこにいるのか、どちらの方向に進んでいいのかさえわからない状況に長くいました。

 

 

しかし僕はこの2年間で時間を惜しんで多くのことを学びました。

そして支援後にリゾート地でのガイドの仕事を選んだのです。

 

 

しかし頑張る日々の中で、ちょっとやそっとのレベルではこの先やっていけないこともわかってきました。

青木さんから常々「使い捨てのような人材になってはいけない。」と言われてきました。

 

 

将来的に顧客を獲得して自立するまで考えておかないといけないと言われていたのです。

しかしそれはちょっとやそっとのことでできるわけではありません。

 

 

何をおいても時間と経験が僕には必要なのです。

もちろん独り身なので大きな責任を背負っているわけではありません。

しかし、僕はすでに40歳を超えています。

 

 

今から働きながら学び続けても独立するまでに最短で5年はかかるでしょう。

そう考えると今からガイドの仕事を選んでも、不安がつきまといます。

 

 

先日は台湾人ビジネスマンからもいろんなアドバイスをいただきました。

彼はツアーガイドの会社も経営しているのです。

しかも顧客は富裕層が対象で、オリジナル旅行を提供していて、大変評判が良いのです。

 

 

だからヨットまで購入できるのでしょうか。

 

 

その話の中で、「素晴らしいガイドとはお客様に払ったお金以上の価値を与えることができる人だ。」と言われました。

 

 

ここが一番の問題点なのです。

僕は多分アスペルガーなのでしょう。

僕の問題点は、他者のことを自分自身のように事細かく配慮するという能力が足りないということなのです。

 

 

それは僕がこの2年間で知った自分の特性です。

 

 

残念ですがそれは「どんなに頑張っても向上するものではない。」と青木さんから言われました。

つまり僕が考えるツアーガイドは僕には無理だとはっきりしたのです。

 

 

この1ヶ月間そのことを毎日考え続けてきました。

僕は逃げているわけではありません。

挑戦できる年齢ではない今、慎重に今後のことを考えないといけないのです。

 

 

そして僕は今新しい道に進むことを決めたのです。

今度こそそれは僕に適任の仕事だと思えました。

 

 

 

明日そのことを皆様にお伝えしたいです。

 

 

 

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僕が見つけた僕の希望 1 Mr.Joe

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僕は自然が好きだ。

多分人と話すより自然と戯れていた方が嬉しい。

中学の時にみんなとうまくやっていけなかったことが原因ではない。

 

 

多分生まれつきだと思います。

青木さんによれば、「色々な生育環境も今の僕の状況に大きな影響を及ぼした。」と言ってくれました。

 

 

まあそれを今更どうにかできるわけではないですからね。

過去の話なんてどうでもいいんですよ。

大切なのは「今と未来」なんですからね。

 

 

20年間のひきこもりから一歩踏み出した後に、青木さんは事務的な仕事を僕に与えてくれました。

パソコンを使っておこなう簡単な仕事も与えてくれました。

 

 

「少しでも関心があったら、専門家がいるから教えてもらうこともできるし、また将来的な仕事を考えるなら、専門学校にも行けるよ。」と優しく丁寧に僕にアドバイスをしてくれました。

 

 

でも、僕には向いていませんでした。

それは青木さんもわかっていて僕があまりやる気を見せないのを見て、それ以上のことは何も言いませんでした。

 

 

青木さんとは随分話をしました。

とにかく20年間誰とも話をしていませんでしたし、もともと他人と話すことに強い苦手さを感じていましたから、それは大変でした。

 

 

しかし、ゆっくりと僕と話を続けてくれました。

そこで青木さんは僕のことを少しは理解してくれたんだと思います。

 

 

 

ある日「フィリピンに行かないか?」と誘われました。

 

 

フィリピン行きも突然話題を振ったのではなく、「海外旅行に行ったことがあるかとか、フィリピンの海はとても綺麗だ。」という話をしてくれて、少しづつ海外の話に慣れた頃に、「実はフィリピンでも色々と活動をしているので、自然が好きなら、ダイビングやサーフィンもさせてあげるよ。」と言われたのです。

 

 

実は僕の両親は旅行でフィリピンに行ったことがあります。

小さい時にその話を聞いた記憶があったので、なんかこれも縁なのかなと思いました。

 

 

僕の性格上「行きたい!!やったあ」なんていうのではなく、「どうしますか」と聞かれたので「うんうん」と言っただけでした。

 

 

そんなに期待はしていませんでした。

期待すると、期待通りでなかった時に落ち込みが大きいので、期待することを人生の中でしなくなった僕です。

 

 

そうして僕はパスポートを取り、フィリピンに行ったのです。

そしてフィリピンに簡単にはまってしまいました。

最初は10日間の滞在予定でしたが、あまりの素晴らしさに「このまま日本に帰らなくていいですか?」と青木さんに聞きました。

 

 

「いや一度日本に帰国して、もしまたフィリピンに行きたいなら、ご両親にそのことを伝えてから、またフィリピンに行こう」と言われました。

 

 

しかし、僕はもう日本に帰りたくなかったのです。

20年間ひきこもっていたんですよ。

希望なんか遠に捨ててしまったんです。

 

 

「今更日本に帰ってどうするんですか。」

「このままここにいて、何かを探したいんです。」

「ここなら希望は見つかると思う。」

 

 

無口な僕が必死に青木さんに訴えました。

そして10日間以降も僕はフィリピンに滞在することとなりました。

 

 

明日に続きます。

 

 

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58歳自閉症の僕の初デートが決まりました。東大

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昨日は僕の誕生日だった。

 

 

30年間ひきこもった僕だけれど、毎年母はショートケーキを3つ忘れずに買ってきて、夕食もいつもより一品多くして僕の誕生日を祝ってくれていた。

 

 

30年の間に父が他界した後は、母と僕だけのお祝いだった。

そして5年前に僕が海外に出てからは、一転賑やかな誕生日会をしてもらっています。

 

 

昨日は僕の周りの人たちはとても忙しくて、たまたま休みだったスタッフと僕と同じ大学に通っている日本人のA君とが誕生日を祝ってくれた。

 

 

もちろん日付が変わった頃から、僕の携帯にメール着信をつげる音が目覚めた後まで、頻繁に僕の小さな部屋に鳴り響いていた。

その数40通はくだらない。

 

 

日本にいたとしたら、誰もぼくの誕生日のことを思い出してくれる人もいない。

いつも僕のことを気にかけてくれていた母は、数年前に天に帰った。

そう思うと、ギリギリのところで僕は救われたわけだ。

 

 

あのまま日本にいたら、8050問題の当事者になっていたでしょうね。

 

 

海外に出て思うのは、本当にみんな相手のことを気遣う文化が存在するということ。

 

 

海外では1人でいることがとても難しいですね。

僕は寂しいのが苦手なので、本当にこのフィリピンに滞在することで助けられています。

 

 

さて、婚活の件です。

やはり難しいですね。

自信がないというのが一番の理由です。

 

 

異性との付き合い方がわからないのです。

こういう場合はサポートセンターが、女性スタッフをつけてくれて徹底的に「恋愛のイロハ」まで教えてくれるのです。

 

 

実際その成果はヒロさんや、他にも結婚にまで至った人たちがいることで実証されています。

 

 

僕も素直に従えばいいのでしょうが、やはりどうしても自分の年齢のことを考えてしまい、尻込みしてしまうのです。

 

 

なんどもなんども、青木や他のスタッフから、丁寧にわかるように説明を受けています。

しかし、踏ん切りがどうしてもつかないのです。

 

 

サポートセンター始まって以来の問題児は、実はヒロさんではなく、この僕かもしれないと思う今日この頃です。

 

 

しかし!!

そこはサポートセンターです。

黙って指をくわえて見ているだけではありません。

 

 

ついに僕は、デートをさせられる羽目になってしまいました。

 

 

書き方が変ですって。

そうです。デートをすると承諾したわけではないのに、強制的にデートをさせられるのです

 

 

 

はああああ。

今からお腹の調子が緩くなっている僕です。

もちろん応援してくださっているこのブログの読者さまには、嘘偽りなく、その模様を書き記すつもりです。

 

 

今、青木からデートの最終予行練習をさせられています。

この模様は近日公開。

乞うご期待  !!

 

 

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全国の中学校を回って講演会をしたいのです。ヒロ

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中学校で講演会をさせていただきました。

生徒会向けです。

 

 

今回、今までの講演会とは内容をガラリと変えました。

 

 

今までは、青木さんと打ち合わせをしながら講演会の内容を決めていました。

しかし、青木さんの提案は文科省推薦のような内容でしてね。

それはそれはつまらない話なのです。

 

 

おいらが聞く側の生徒でしたら確実にお昼寝タイムです。

しかし、まあお世話になった方ですので、仕方なくその提案を受け入れておいらなりに文章を考えて講演会をしておりました。

 

 

もちろん講演会後、先生がたの評価はとても良いのです。

それが証拠にもう何年も講演会のお話をいただいております。

 

 

「先生方と生徒の間には超えられない溝がある。」そうなんです。

おいらはそう思っています。

おいらは今年で30になりましたが、いつでも時空を飛び越えて、あのいじめられた陰湿な時代に戻れるのですからね。

 

 

今までの講演会というのは例えばこんな感じでした。

 

 

 

www.youtube.com

 

 

 

で俺は事前打ち合わせなしで、自分なりに考えた文章を青木さんに提案した。

青木さんは真剣に読んでいた。

そして「ちよっと他のスタッフの前で僕が原稿を読んでみて、反応をみて見る。」と言った。

 

 

 

15分後青木さんが戻ってきた。

「少し直したけれど、これで行こうか」

「うまい文章だ。すごいな。うーん」と唸った。

 

 

その場でリハーサルをした。

いつのまにか、他のスタッフも集まってきた。

 

話し始めた。

聞いているスタッフの目を見れば、この文章を評価してくれていることはすぐにわかった。

 

 

そして本番。

文科省がご立腹するような感じに思われましたら、いつでも止めてくだい。」と僕を呼んでくださった中学の先生に言った。

 

 

ふふふふふ。

今までになく、生徒は僕の話を聞いてくれている。

やっぱり、僕の思いは正しかったな。

 

 

講演会後、校長室に通された。

そこで歓待を受けました。

校長先生は来年の4月から他校に転任ということで、そこでまた呼んでくださることが決定しました。

 

 

「こんな感じで生徒に対するアプローチは今までになかったですね。」

 

 

僕はその校長先生に聞いてみました。

「実は今回カットしましたが、講演会中に僕の歌と踊りが入るのです。どうでしょうか?」と聞きました。

 

 

「いいんじゃないですか!!」

 

 

「多くの生徒が自信を無くしています。ヒロさんが話してくれた通り、自分のストーリーを作って欲しいんです。それを実践していらっしゃるヒロさん、すばらしいお話でした。真実はやはり強いですね。」

 

 

校長先生の前で踊ろうかと思ったが、やはり俺の中の常識が俺を自制した。

 

 

今の俺のアイデアは、東大さん、Mr.Joe、俊介兄いをバックダンサーとして踊ることだ。

 

歌う曲はもちろんこの曲だ。

 

 

www.youtube.com

 

 

 

この曲に出会えて俺は幸せだ。

 

 

どうか全国どこにでもうかがわさせていただきます。

講演に呼んでください。

お願いします。

 

 

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日本語じゃないから僕たちは生活していけるのか!!Mr.Joe

 

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20年間僕は1人で過ごしていました。

これが僕の運命なんだと諦めていました。

 

 

3年前に突然僕の家を訪問してくれた人がいました。

その人が色々とお世話をしてくれることになりました。

少しの間日本でいろんなことをしていましたが、ある日海外に出かけてみないかと誘われました。

 

 

 

 

海外でボランティア活動をするから手伝ってと誘われたのです。

でも、20年間ひきこもっていた人間がボランティア活動なんかできるはずがありません。

 

 

 

実際のところは、言われたことをしていただけです。

ボランテア活動って自立している人たちができることです。

そんなに甘くないですよ。

 

 

 

そんな状況でもこどもたちの笑顔が見られてとても嬉しかったです。

それでしばらくの間はボランティア活動をしていました。

 

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日本では考えられないことですが、友達ができました。

僕は気の利いたことを話すことができません。

 

 

他の誰かと一緒にいると不安になります。

僕がおかしいと思われているんじゃなかいと不安になるからです。

 

 

でも、フィリピン人の友達はとても優しいです。

僕の会話のスピードに合わせて話してくれるからです。

 

 

それは僕が英語をうまく話せないことを知っているからです。

とてもゆっくりと僕の返事を待ってくれます。

日本の中学校の時と比較すると大きな違いがあります。

 

 

中学の時、同級生たちの話はマシンガンのようでした。

とても怖かったです。

とてもじゃないがついていくことができなかった。

 

 

お世話になったダイビングショップのオーナーは韓国人でした。

1年間毎週お世話になりました。

だから親近感が湧いて、僕の過去を話しました。

 

 

そしたら、韓国でも「社会的引きこもり」が大きな社会問題になっていると話してくれました。

オーナーも「ワタシノエイゴオカシイね。」と笑っていました。

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それで、僕たちはたどたどしい英語で相手が話し終えるのを待って会話をしていました。

 

 

サーフィンを1年間しています。

世界的に有名なサーフィンのスポットがフィリピンの小さな島にあります。

そこが僕の滞在場所です。

 

 

 

素敵な波を求めて世界中からサーファーが来られます。

 

 

 

周りの目を気にせず下着姿でサーフィンをする65歳のデンマーク人夫婦。

売れないフォトグラファーはマレーシア人。

毎年家族づれでやってくるのはフランス人家族。

 

 

強烈な個性派スペイン人のレズビイアンカップル。

酒ばっかり飲んでは踊っている陽気なドイツ人。

自分の体を見事にコントロールしているポルトガル人。

 

 

「キャノン、ニコンソニー」と僕の顔を見ると絶叫するのはカメラ好きなアメリカン。

 

 

僕は彼らの中にいるととても平安を感じるのです。

「みんな違っとるやないか!!ハァ」

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僕のマイペースの英語を丁寧に聞き取ってくれる。

 

 

「お前、オカシイぞ。病院に行けよ!!」

中学2年の時にたくさんの同級生がいる前で僕にそう吐き捨てたA君。

 

 

「そうなんだよ。僕はみんなと違うから。だからもう学校には来ないからね。みんなに迷惑はかけないから。」

そう心の中で呟いた中学2年。

 

 

今わかったんだ。

僕はおかしくないんだよ。

おかしいのはあの時あの場所にいた同級生たちなんだ。

 

 

彼ら全員に言いたいな。

「君達も一度海外で暮らしてごらんよ。」

「自分たちと違う世界があることに気づくよ。」ってね。

 

 

僕は頑張りたい。

幸せになりたいから。

 

ヒロさんが僕に言った。

「俺ら幸せになるために生まれたんですよ。ひきこもったり、悲しむために生まれたんじゃない。みんな幸せにならなきゃいけないんだ。」

 

 

とても良い励ましをもらったな。

ありがとう、ヒロさん。

 

 

そしてたくさんのコメントをくださったみなさん。

応援をありがとうごさいました。

 

 

少し忙しくなるのでブログがかけなくなります。

どうか僕のことを忘れないでください。

ありがとう。

 

 

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今、僕に必要な2つのこと。Mr.Joe

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僕は2つの問題を抱えています。

 

1つは経済的な問題です。

 

生きていく為にお金が必要です。

お金を得るためには働かなければなりません。

しかし、日本では高校、大学を出た直後の1回しか就職のチャンスがないのです。

 

 

ほとんどが新規採用なのです。

もちろん中途での採用もたくさんあります。

でも、よく採用条件を見てみますと、「経験者優遇」と書いてあります。

 

 

「未経験者は応募してはいけません。」なんていう文言はどこにも書いてないんです。

それで、応募します。

大概、面接前で落とされます。

 

 

運よく、面接までこぎつけても「どうして、高校をやめたのですか。」とか「大学中退後は何をされていましたか」と聞かれたら、おしまいです。

誰も長期間ひきこもった人を採用するお人好しはいません。

 

 

当たり前ですよね。

僕が社長でも採用するわけないし。

 

 

やっと面接にこぎつけたら、その会社はとてもブラックな会社で給与未払いの末、文句を言ったら一方的にやめさせられた。

 

 

全てサポートセンターで支援を受けていた人たちから聞いたそれぞれの過去の話です。

 

 

20年ひきこもっていた過去があっても、運よくチャンスをもらえた面接で、「僕はひきこもっていました。しかし、それだからこそ、今どんなことでも精一杯やり遂げたいと強く願っています。ぜひ、採用してください。後悔はさせません。」

 

 

なんて、言ってみても、入社後が大変ですよね。

言うのは簡単ですが、それだけの強い気持ちを持続できるのかと言うと無理ですね。

 

 

 

青木さんにこの30年間でそれほど変化した人はどれくらいいますかと聞いたら、数人だそうです。

しかも全てADHDタイプの人たちです。

 

 

僕たちの回復はひきこもりから脱出して、社会や学校に戻り、経済的、精神的に自立できることです。

その上でもっとも大変なことが、就職と結婚だそうです。

 

 

 

僕はその就職で今悩んでいます。

 

 

もう1つの問題、結婚でも僕は悩んでいます。

結婚ができるように僕自身変わらなければいけない。

今のままだと、結婚できないのです。

 

 

僕に何が足りないのかと言うと、コミニュケーションなのです。

普通に会話が上手くできないのです。

それが、異性となるともっと意識してしまい、怖くて話せないのです。

 

 

 

だからサポートセンターで練習につぐ練習をさせられました。

それでなんとか普通にまでなったと思っています。

 

 

しかし、女性から好かれるまでには変化していません。

 

 

中華料理店のオーナから

 

1、身だしなみに気をつけなさい。

香水をつけたり、髪の毛を切りに連れて行ってもらっています。

 

 

2、自分が楽しくないと一緒にいる他人も楽しくない。

だからJoeは楽しむことを覚えなさいとクラブに連れていかれて、踊ることを教わったりしています。

 

 

3、会話の練習、女性の扱い方を知ること。

 

女性のお友達を連れてきてくれて、デートの練習などをさせてもらっています。

 

 

ゆっくりですが、一歩一歩進んで行っています。

 

 

しかし、台湾人ビジネスマンから矢継ぎ早に色々とアドバイスを受けてパニックになってしまった僕です。

 

台湾人ビジネスマンのアドバイスを聞いた上で、全て成し遂げられるまでには10年はかかってしまうでしょうね。

 

時間がないのです。

 

ぼくはもう42歳なのですから。

 

 

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やっぱり生きていくことは難しい42歳の僕。Mr.Joe

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中華料理店で研修をしています。

店のオーナーはとても魅力的な人で、たくさんのお客さんがオーナー目当てに店に来ています。

 

 

その中にはビジネスで成功した人もいて、僕まで色々とお世話になることもあります。

台湾人の張さんはツアー会社や貿易の会社で成功した人。

まだ30代半ばですがとても精力的な人です。

 

 

よく食べ、よく話、よく笑う人です。

なんと、日本語を日本人のように話す人です。

 

 

張さんは大の日本好きです。

新宿の喧騒から古都京都。

日本の古い歌や映画から最近の流行まで。

 

 

日本の歴史にもとても詳しい人です。

 

 

そんな張さんが先日所有するヨットに僕を招待してくれました。

生まれて初めてのクルージングに興奮しました。

素晴らしい時でした。

 

 

海の上をスーイスーイと移動していくのです。

あああ、これがヨットの魅力なのか。

すばらしさにため息をついた僕です。

 

 

気持ちが高揚した僕は思わず歌を口ずさんでしまいました。

なんと張さんもその歌を知っていて、ふたりでデュエットしたのです。

愉快で2人とも思わず笑ってしまいました。

 

 

そんな張さんですから、僕はすぐに心を許して過去の自分のことを話しました。

 

 

「だから、中華料理店で研修してるのですか。日本人がどうしてかなと思いましたよ。」

 

 

「Joeの夢ツアーガイドになるためには何が必要だと考えますか。」

僕は張さんに言われて考えました。

 

 

僕の夢はツアーガイド。

 

 

山、海といった自然から、遺跡や観光地まで幅広くガイドしたいのです。

僕が知り得た情報をお客様に伝えることで、お客様の感動を呼び起こしたいと思っています。

 

 

ツアーガイドに必要なことは勉強です。

地理、歴史、生物など幅広く学ぶ必要があります。

 

 

「必要なことはそれだけですか?」

 

 

「もちろん体力も必要だと思っています。」

 

 

「Joeさん何をやるにもお金が必要でしょう。」

「頭で覚えた知識だけでは通用しないよ。」

「現地に行ってこの目で確かめ、自分で感じて初めて知識が生きてくるんですよ。」

 

 

「だから、生きた勉強をするためのお金が必要ですね。

それと、お客様に感動を呼び起こすためには、話術を含めたホスピタリティが求められます。」

 

 

「勉強の中に「人と関わる」を入れておいてください。そして何より必要なのが、強い好奇心だと思います。」

 

 

「世の中にはツアーガイド呼ばれる人がたくさんいます。

中には、お客様から指名されて、プライベートのツアーガイドをされてみえる人もいると聞きますよ。」

 

 

「そうしたら楽しいでしょうね。」

 

 

「Joeさん、夢で終わらせないために、全体的なスキルアップを図ってみてください。

ぜひ、世の中の多くの人を Joesワールドにお連れしましょうよ。」

 

 

頭が混乱してしまった僕です。

僕はたくさんのことを一度に言われてしまうと、処理能力が追いつかなくなりフリーズしてしまうのです。

 

 

ヨットから降りる頃には、「顔の表情がおかしい。大丈夫ですか?」と心配されたほどです。

 

 

すぐに青木さんに電話をして報告しました。

そして整理をしてもらいました。

 

 

「今はどんな気分ですか」と青木さんに尋ねられました。

 

 

「やっぱり自分はダメだと思います。」

「1人で生きてはいけないです。」

 

 

 

20年間ひきこもった人間です。

20年間1人でした。

それからわずか3年しかたっていません。

 

だから自分には無理だと思いました。

現実をはっきりと見せられました。

 

 

 

明日に続きます。

 

 

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