発達障害な僕たちから2

発達障害と診断され、2次障害でひきこもった東大、青木、テルとエイジとスタッフ吉村が社会復帰目指す日常を綴りながら支援についても書いていきます。

訪問支援始まっています

🌿 訪問支援のご案内

私たちは、日本全国どこへでもご依頼があればご自宅に訪問し、
お子さんやご家族と直接お会いしてサポートを行っています。

毎年3月・4月は、季節の変わり目とともに環境が大きく変化する時期です。
ひきこもりや不登校の状態にあるお子さんが、
「このままでいいのだろうか」「みんなは進んでいるのに自分だけ止まっている」
という不安や焦りを感じやすい季節でもあります。

その気持ちは、周囲にはなかなか理解されにくいものです。
「置いて行かれた」という感覚から、深い孤独や自己否定の思いに苦しむこともあります。
——だからこそ、この春までに“心が落ち着ける居場所”を見つけてあげることがとても大切なのです。

🎓 通信制高校という選択、そしてその先へ

近年は、通信制高校を選ぶ方が増えています。
登校日が少なく、自分のペースで学べることは大きな魅力です。
しかし、実際にはその途中で通えなくなったり、
卒業後に再びひきこもってしまうケースも少なくありません。

私たちは、こうした状況を「問題の先送り」ではなく、
「次の一歩を見つけるための大切な時間」と考えています。
この3年間をどう過ごすかで、その後の人生の流れは大きく変わります。

周りと関わるのが苦手だからこそ通信制高校を選ぶとしても、
最終的には人と関わる力を少しずつ取り戻さなければ、社会の中で生きていくことは難しいと私たちは感じています。
では、どうすれば関われるようになるのでしょうか。
——その答えを、ご家族と一緒に考えていきます。

🤝 私たちができること

お子さんの性格やこれまでの歩みを丁寧にお聞きし、
「何から始めればよいか」「どんな環境なら前に進めそうか」を、
ご家族と一緒に整理していきます。

ご家族の方も、抱えてこられた不安や戸惑いを遠慮なくお話しください。
ご家族だけでは見つけにくい“次のステップ”を、私たちが共に探していきます。
ひとりで悩む時間を、少しずつ希望のある時間へと変えていくお手伝いをいたします。

さらに私たちは、一人ひとりに寄り添いながら、3年後・5年後の姿を見据えて必要なことを具体的に提案します。
必要であれば、通学に同行したり、就労の場に一緒に立ち会うこともあります。
徹底的に寄り添う伴走者として、そして現実的な道筋を示すメンターとして、
お子さんとご家族に寄り添い続けます。

全国どこでも訪問が可能です。どうぞお気軽にご相談ください。

 

📞 お問い合わせ・お申し込み

電話052-564-9844(一般社団法人青年生活教育支援センター)
メールsmilehousejapan@gmail.com

訪問対応地域:全国(北海道から沖縄まで)
対応スタッフ:青木 美久・吉村 敦子・他

 

一般社団法人 青年生活教育支援センター

 

「小さな一歩と、大きな感謝を」

エイジさん今年もサンタになりますか?

今週もたくさんの出会いがありました。
日本から相談をくださったお母さん、初めて面談をしたご家族、そしてフィリピンの地で新しい挑戦を始めた若者たち。

ひとりひとりの中に、小さな変化や前進が確かに見えた一週間でした。

誰かの言葉にうなずけるようになったり、少し笑顔が増えたり。

そんな小さな一歩が、私たちにとっては何よりの喜びです。

 

ある青年は、アルバイトに登録するところまで頑張りました。

けれど、いざ当日になるとどうしても足がすくみ、あと一歩のところで外に出ることができませんでした。

 

青木は彼と一緒にアルバイトに行く予定でしたが、結局その日はひとりで現場に入りました。

スーパーで商品補充の仕事をしながら、青木は「次こそは一緒に行ける」と信じ、黙々と作業を続けたそうです。

印象を良くして、次にその青年を受け入れてもらえるようにと、青木は精一杯頑張りました。

その努力が実を結び、次回もぜひ入ってほしいと依頼を受けたそうです。

 

 

支援する青少年に徹底的に寄り添いながら、その子の未来につながる道を少しでも広げていく――それが僕たちのやり方です。

 

また別の青年は、最初は人の輪に入ることができませんでしたが、台所でスタッフと皿を洗いながら自然と笑顔を見せるようになりました。

もう一人の子は、英語の先生に「Good morning」と自分から声をかけたそうです。

たった一言の挨拶でも、それは大きな一歩です。

小さな出来事の積み重ねが、やがて確かな変化を生み出していきます。

 

ここフィリピン・シャルガオ島には、世界中から人々が集まります。

誰も過去を知らず、誰も比べようとしません。

そんな環境の中で、少しずつ人と関わることの心地よさを取り戻していく姿を、私たちは何度も見てきました。

海を眺めながら「自分もここでやっていけるかもしれない」とつぶやいた青年の言葉が、今も心に残っています。

 

 

日本で見守ってくださっているご家族、支援を続けてくださる方々、そして現地で共に歩む仲間たち。

誰かの一歩の背後には、いつも多くの支えと努力があります。

心から感謝しています。

 

焦らず、比べず、自分の歩幅で進めばいい。

小さな「できた」が積み重なって、やがて大きな一歩になる。
来週もまた、新しい挑戦や出会いを大切にしながら、一歩ずつ進んでいきたいと思います。

 

一般社団法人 青年生活教育支援センター

 

誰も知らない場所で

 

他人の目が気になるから、ひきこもった僕たちです。

家から出ることさえ出来なくなった僕たちです。

外に出ると、誰かの視線や言葉が気になって、息が苦しくなる。

だから、部屋の中が一番安心できる場所になってしまいました。

 

でも、自分のことを誰も知らない場所なら……一歩外に踏み出すことができるのでは?そう考えた僕たちは、日本から離れて、海外へと場所を移しました。アメリカに行った人も、中国に行った人もいます。そして僕たちは、フィリピンに支援の拠点をつくりました。

 

あれからおよそ20年。

たくさんのひきこもりや不登校だった青少年たちが、日本からここフィリピンに来て、人生をやり直すスタートを切ったのです。

 

ここはフィリピンの小さな離島、シャルガオ島。

僕たちはこの島で、日本レストランとゲストハウスを立ち上げ、就労支援施設として運営しています。

世界的に見ても日本食はブーム。

しかも、この島は世界屈指のリゾート地として注目を集めています。

透明な海、ゆっくり流れる時間、そして世界中から集まる人々。

 

何が良いかといえば、日本人がほとんどいないということです。

日本人が怖かった僕たちです。

でも、ここではその恐怖から少しずつ解き放たれます。

 

誰も僕たちの過去を知りません。

誰も比べません。

外国の人たちと接することで、「自分のことを受け入れてもらえた」という経験が、小さな自信につながっていくのです。

その小さな自信は、やがて次のステップへの原動力となり、少しずつ大きな自信へと変わっていきます。

 

自分はまだ大丈夫なんだ。

やれるんだ。

そう思える瞬間が確かにあります。

 

過去に囚われず、未来を見据える気持ちを取り戻せる場所。

ここには、そんな力があります。

 

僕たちは、日本でひきこもっている青少年たちを、ここフィリピン・シャルガオ島で応援しています。

 

あなたにも、ここで新しい一歩を踏み出してほしいと、心から願っています。

 

一般社団法人 青年生活教育支援センター

 

“いつ会う?”―そこからすべてが始まりました 青木

 

中学から不登校となり、通信制高校に進学するも中断。以来、家庭の中にひきこもって過ごしてきた少年です。診断名は「選択性緘黙」。家庭ではお母さんと携帯のメールでのみやり取りをしていました。

 

今年の5月、お母様からご相談のメールをいただきました。何度もやり取りを重ね、8月に面談をさせていただくことになりました。ただ、お子さんには外部の支援団体に問い合わせていることはまだ伝えないようお願いしていました。突然知らない人が来ることは、大きな恐怖になるからです。

 

しかし残念ながら話してしまい、強い不安と怒りから暴れてしまったと伺いました。無理もありません。知らない大人が関わってくるという状況は、誰にとっても受け入れがたいものです。

 

ところが後日、お子さんから「どんな人たちなの?」とメールが届きました。もしそう聞かれたら「同じようにひきこもりや不登校を経験し、支援を受けて自信を取り戻した人たちだから、あなたのペースに合わせて寄り添ってくれる人たちだよ」と伝えてくださいとお願いしていました。お母様はその通りに答えてくださいました。

 

すると状況は一変しました。「いつ会う?」と短いメールが届いたのです。そこから私と彼との交流が始まりました。

 

不安の奥には、誰かとつながりたいという小さな願いがあります。

お母さんがあきらめず、優しく言葉をかけ続けてくださったことが、第一歩を生みました。

 

もし今、お子さんの将来に不安を感じておられる方がいらっしゃったら、どうか一度ご相談ください。

私たちは押しつけず、寄り添う支援を行っています。

その一歩が、きっと希望につながります。

 

一般社団法人 青年生活教育支援センター

 

 
 

好きが未来をひらく   東大

 

 

その少年は、生きものが大好きだと言ってくれました。

 

ビオトープを見るのも好き。潮だまりをじっと見つめて、そこに生きる小さな命を観察するのが楽しいのだそうです。道に生えている草を見つけては、「これ、食べられるのかな?」と調べてみる。そんな姿に、思わず「すごいな」と何度も口にしてしまいました。彼の愛用している図鑑は、もうボロボロ。ページをめくりすぎて、角がすり切れているのだそうです。きっと何度も、何度も見返したのでしょうね。

 

青木が僕に教えてくれました。
「昔、本屋でフィリピンの海の生きものを紹介した、自費出版の図鑑のようなものを見たことがある」と。
それを聞いて、僕は探しました。そして見つけたんです。今、その図鑑を取り寄せています。届いたら、きっと彼は喜んでくれるだろうなと思っています。

 

そんな彼ですが、同世代との関わり方がまだわからないようです。
他の人と話すことを避けているわけではなく、「一人は嫌だ」と何度も口にしています。けれど、いざ交流してみると、自分の興味のあることを一方的に話してしまい、相手の話を聞くことが難しいようです。
話を聞けないというよりも、聞くということをまだ知らない、そんな印象です。

 

同年代の子たちが引いてしまうのも無理はないと思います。でも、それは「悪いこと」ではありません。むしろ、彼の中には“知りたい”という強い好奇心と、“誰かと分かち合いたい”という純粋な気持ちがしっかりあるのです。私たちは、その小さな芽を丁寧に育てていきたいと考えています。

 

お母さんとスタッフは、日々、彼のことを共有しながら最善のサポートを考えています。
正直なところ、最初に計画していた「フィリピンの同世代の少年たちとの交流プログラム」は、もう少し先でもいいのかもしれないと思うようになりました。
焦らずに、まずは私たちスタッフとの関係を深めること。安心して心を開ける時間を持つことが、今の彼には何よりも大切だと感じています。

 

 

先日、彼がふとつぶやいた言葉があります。
「僕、この社会に自分の居場所なんてないのかな。」
胸が痛くなりました。でも、私は思うのです。
彼が「そんなことなかった。心から頼れる人がいた」と思える日が、きっと来ると。
そのために、私たちは彼の“最初の理解者”でありたいと願っています。

 

一人ひとりに合わせたペースで進む私たちのプログラムは、「できない」を責める場所ではなく、「できた」を一緒に喜ぶ場所です。

 

お母さま方にとっても、安心して一歩を踏み出せる居場所になるように、スタッフ一同、心を込めて支援いたします。

 

一般社団法人 青年生活教育支援センター

 

 

「うまく関われない子に、もう一度チャンスを」



 生物に強い関心を持つ少年がいます。
しかし、その情熱とは裏腹に、学校でも放課後デイや居場所でも、うまく周りと関わることができず、孤立してしまっているのです。

 

初めて会う前、私は「生物に強い関心がある」と聞いても、せいぜい雑学程度の話なのだろうと思っていました。
けれど、実際に会って話を聞いてみると、思わず時間を忘れて耳を傾けていた自分がいました。

 

「うーん…これはすごい」と唸ってしまうほど、彼の知識や観察は深く、生きものへの純粋な好奇心が輝いていたのです。

それでも現実には、学校でも放課後デイでも、周りとうまく関われず孤立していました。

 

お母さんは、「少しでも人と関わる練習になるのでは」と思い、さまざまな場所に行くように背中を押しましたが、うまくいきませんでした。
そのうち彼は強い怒りを抱くようになり、他人に迷惑をかけてしまう行動も見られるようになってしまいました。
放課後デイでも対応が難しくなり、お母さんはどうすれば良いのか分からず、深く悩まれていました。

 

そんなお母さんは、ずいぶん前から私たちのブログを読んでくださっていたそうです。
特にヒロさんの記事に息子さんを重ね、「うちの子もいつかこんなふうに変われるかもしれない」と希望を感じてくださっていました。
そして私たちの団体に依頼をされました。

 

 

1年前に1度面談を行いましたが、そのときお母さんは、「海外に行く前に、違う通信制高校でならうまくいくかもしれない」と期待をされました。
しかし、結果は同じでした。

 

そして来年の1月、彼はフィリピンに来ることになりました。
2ヶ月間、さまざまなプログラムを通して、フィリピンの環境にどれだけ適応できるかを試してみる予定です。

 

日本にこのままいても状況が悪化してしまう一方だと感じたお母さんは、私たちのプログラムに希望を託してくださいました。
そして今、彼がフィリピンで新しい一歩を踏み出すための準備を私たちは進めています。

 

一般社団法人 青年生活教育支援センター

 

 

 

 

 
 

不登校やひきこもりに「原因はない」と言えるのか 東大

 

 

最近、「不登校やひきこもりには原因がない」と語る専門家の言葉を、新聞やSNSでよく見かけます。
けれども、私にはどうしても納得がいきません。

 

私は東大の大学院で研究をしていたころ、研究室の仲間たちとうまくコミュニケーションが取れず、孤立していきました。やがて「一緒に研究ができない」と判断され、別の部署に移されました。失望と混乱の中で他人が怖くなり、大学院に通えなくなりました。――これが、私のひきこもりの始まりでした。

 

青木も子どものころから集団生活が苦手でした。避難訓練で足並みを揃えられず、一人だけ教室に残ってしまう。クラスの輪に入れず、自分の話したいことだけを話してしまう。その結果、周囲から距離を置かれたと言います。
当時はそれが「原因」だと気づかなかったけれど、大人になって支援の現場に立って初めて、自分の中に抱えていた課題を理解できたそうです。

 

この40年間で、私たちの団体は1,000人近い若者を支援してきました。
その全員が、「自分には不登校やひきこもりに至った理由があった」と後になって語っています。

 

しかし多くの場合、支援の初期には本人も親も「原因がわからない」と言います。
信頼関係が築かれて初めて、ようやく心の奥にある痛みが言葉になるのです。

 

では、なぜ有識者は「原因がない」と言うのでしょうか。
調べてみると、それは「明確なひとつの原因を特定できない」「単純に説明できない」という意味で使われていることが多いようです。

 

また、「学校に行かないことを一律に“問題”とみなすべきではない」「多様な生き方がある」という立場から、「原因がない」と表現する人もいます。
つまり“原因が存在しない”というよりも、“特定できない・決めつけてはいけない”という考え方なのです。

 

しかし、現場で1,000人の声を聞いてきた私たちには、どうしても違和感が残ります。
わずか1,000人のサンプルかもしれませんが、1,000人ともが「原因があった」と自覚しているのです。
それを「ない」と言い切る人たちは、果たして当事者とどれほど深く関わったのでしょうか。
机上の理論だけで、人の心の傷を理解できるとは思えません。

 

不登校やひきこもりの“原因”は、本人を責めるために探すものではありません。
むしろ、本人の痛みを理解し、そこから一緒に回復の道を歩むために必要なのです。

 

―原因がないのではなく、「まだ言葉になっていないだけ」。
そう信じて、私たちは今日も若者たちと向き合っています。

 

一般社団法人 青年生活教育支援センター