発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

寄り添い続けてくれる人たち 大統領

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サポートセンターの事務所に帰る前に電話をして事情を話したんよ。

 

 

事務所に帰ったら担当のスタッフさんはいなかった。

少し待ったら事務所に帰ってきた。

 

 

僕とスタッフさんで話し合いが持たれた。

「とにかく早くやめたい。」

「あいつはまた明日喫茶店に来て僕を傷つけようとするから。」

 

 

スタッフさんが言った。

 

 

「今、喫茶店の近辺を見回してきたけれど工事箇所はなかった。」

「元同級生はどこかの工事現場の仕事が終わって遅い昼食をたまたまあの喫茶店で取ったんだよ。」

 

 

「だからまたはないね。」

「それと中学1年は1ヶ月も登校していないよね。だから彼は君のことをそんなには覚えていない。」

「それは7年前の出来事。7年間で人も環境も変わるんだよ。」

 

 

ため息を僕はついた。

 

 

「まだ自分は自信をつけていないことがよくわかった。」

「もっと変わりたい。いつまでもはるか昔のことを思い出すことはもうしたくない。」

 

 

「だからアメリカに行ってもう一度頑張って自分を変えたい。」

 

 

スタッフさんの言いたいことはよくわかっていたんよ。

「逃げじゃないです。喫茶店には最後まで行き続けます。」

 

 

「僕はもっと変わりたい。」

 

 

それが本心だった。

このままではダメだ。

僕の将来はとても暗いものだと感じた。

 

 

喫茶店には行き続けました。

しかし、あの時から見える風景が変わったような気がする。

「何事にも一生懸命になろう。」

 

 

「与えられたチャンスをものにしたい。」

強く、強くそう思った。

 

 

そして「自分はやればできるんだ。」という強い気持ちに気づいた。

 

 

できないことはいっぱいある。

できないことは経験すればいいだけ。

 

 

大いに失敗すればいい。

不安な気持ちから尻込みしては何も変わらない。

 

 

どうでもいいやとか適当にやり過ごすことはしたくない。

絶対に逃げない。

やってやる。

 

 

強い強い気持ちが自分の中に芽生えていることに気づいたんよ。

どうしてそうなったかって?

 

 

思いかえすと一つ一つの出来事にちゃんと向き合ってその問題を解決しようとしてきた自分に気づいたから。

そんな風に答える。

 

 

一つ一つの出来事をいい加減にしないでちゃんと処理すること。

それは今まで僕ができていなかったことだった。

それはもちろん僕一人でできたことじゃない。

 

 

ここまで徹底的に支援してきてくれたサポートセンター名古屋のスタッフさんの努力だと思う。

 

 

スタッフさんは僕の母親でもあり、姉でもあり、同級生の女の子だったりもした。

ちよっと年齢的に無理もあったけれど。

 

 

自分が抱える不安や悲しみに徹底的に寄り添ってそのことをシェアしようとしてくれた。

「私は大統領じゃないから、同じようには感じることはできないけれど、あなたの気持ちを教えて欲しい。」

 

 

素晴らしい支援だと思う。

 

 

結局そうなんだ。

寄り添い続け導いてくれた人たちがいてくれたからこそ、僕はここまでたどり着いたんだ。

 

 

そして、この先はまた別の違う人たちとの交流が僕を成長させるんだ。

 

 

今、支援を受けてきた日々を振り返るとそう思うんよ。

偉そうなか言い方だけれど、正直にそう思うんよ。

 

 

 

「やってやるぞ。」と思っている自分がとても嬉しい。

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