発達障害な僕たちから2

発達障害と診断され、2次障害でひきこもった東大、青木、シンゴと50代男Aとスタッフ吉村が社会復帰目指す日常を綴りながら支援についても書いていきます。

初めての会話。エイジ

日本は何を食べても美味しいな。日本は凄い国なんですよ。外に出るとわかります



 

私、30年間ひきこもっていたわけです。

30年間ひきこもっているとあちらこちらがおかしくなってきます。

 

 

まず体力がなくなります。

足が鶏の足みたいになっていました。

30年間のひきこもりをやめて外に出ようとしましたが、歩くことが困難でした。

 

 

食べては寝て、起きては食べての繰り返しでしたから、体重も100キロ近くになっていました。

 

 

だから、私が最初にやったことは歩く練習でした。

もちろん1人ではできないので、支援してくれているスタッフに寄り添ってもらいながらです。

スタッフは、コーチのように私の歩行訓練を手伝ってくれました。

 

 

それは3年近く続きました。

その成果が出て、私は自由に歩くことができるようになりました。

 

 

 

私はまた、自信も失っていました。

30年間、親以外の人と話していませんので。

だから、サポートセンターに行くときは、車で迎えに来てもらっていました。

電車には怖くて乗れませんでした。

 

 

外出する時には、必ずマスクをしたり、寒い時には手袋もしていました。

それは寒さ対策ではなくて、他人が怖くてそうせざるをえなかったのです。

まあ、夏は流石に手袋はできませんでした。

 

 

10年間の支援を受けても、人の目を見て話すことが苦手でした。

 

 

自信をなくして、ひきこもりました。

自信をなくしたまま、30年間ひきこもりました。

ひきこもりから回復した後も10年間不安な毎日を過ごしていました。

 

 

でも・・・・・。

私、最近とてもワクワクしています。

 

 

スタッフから、「エイジさん、あなた、相手の目を見て話ができる様になったね。」と言われたからです。

 

 

先日、スタッフ2人と私の3人でタクシーに乗った時、私は他のスタッフに話しかけたのです。

「車を買いたいけれど、女性から見てどんな車に乗ると嬉しいですか?」とスタッフに聞きました。

 

 

「私は、スポーツカーがいいな。」と若いスタッフが言いました。

「私はおばさんだから、人がたくさん乗れる車がいいです。」「エイジさんは?」と聞かれたので「運転に自信がないから、小さい車がいいです。」と言いました。

 

「日本では運転していましたか?」というような会話のやり取りをしました。

 

 

ふと見るとスタッフが泣いていました。

「どうしたの?」と私が聞いたら「エイジさん、あなた会話ができましたね。」と言ったのです。

 

 

私は気づきませんでしたが、スタッフに言わせると自分から話しかけたのは、これが最初だったとのことです。

スタッフは、すぐに青木さんに報告していました。

 

 

スタッフの携帯から、青木さんの大きな声が聞こえました。

「よかったな!!」

 

 

少しずつ、少しずつ自信を獲得していきたいです。

ゆっくり急げよ!!

 

 

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