発達障害な僕たちから2

発達障害と診断され、2次障害でひきこもった東大、青木、シンゴと50代男Aとスタッフ吉村が社会復帰目指す日常を綴りながら支援についても書いていきます。

不登校だった僕たちはそれでも学校に行きたかった。テル

 

 

誤解されたくないので、最初に書いておきます。

学校には絶対に行かなくてはいけないなんて思ってはいません。

学校に行くことを強要されて、または学校に行けないことを悲観して、命を断つなんてあってはいけないことです。

 

 

これから書くことはあくまでも僕個人の体験なのです。

どうぞ誤解なきように。

 

 

さて、僕は学校に行くことが怖くなって行けなくなりました。

 

 

先生からひどい仕打ちを受けた?

            ↓

いいえ、特別そんなことはありませんでした。

 

 

クラスの同級生からいじめられた。

   ↓

仲間には入れてもらえなかったけれど、それをいじめとは思わなかった。

なぜなら、自分に問題があるんだろうとは薄々気づいていたからです。

 

 

勉強ができなかった。

   ↓

平均点な僕でした。

 

 

集団行動が苦手だった。

   ↓

確かに苦手でした。嫌でしたね。

でもそのことだけで、不登校にはならなかったと思います。

 

 

学校が合わなかった。

   ↓

確かに学校のリズムに合わせることは苦手でした。

 

 

学校生活の中で何か特別受け入れられないことがあった。

   ↓

クラスには、とにかく色々な人がいるわけじゃないですか。

なんかそのことでクラスにいるだけで、とても疲れていたと思います。

 

 

でもね、学校行くことは好きだったと思います。

変な話ですが、球根ってあるじゃないですか?

確か、小学校低学年の時にみんなで球根を花壇に植えたんですよ。

時間が経って、花が咲いたのを見た時に感動したことを昨日のことのように覚えていますよ。

 

 

あと遠足に行った時に、クラスのみんなで歌を歌いながら歩いたんです。

それがとても素敵な日でした。

なんだかとてもうきうきしたことを覚えていますよ。

 

 

ほとんど、不登校の生活でした。

でもね、本当は学校に行きたかった僕なんです。

学校に行って、みんなと楽しく笑い合いながら過ごしたかった。

 

 

でも、それができなかったんです。

やりたかったのにできなかった悲しさ。

わかってもらえますか?

 

 

この話を青木さんにしたら、泣いていたんです。

「僕と同じですか?」と青木さんに聞いたら、「そうだよ。」と答えてくれました。

 

 

「学校って良いよね。学校に行きたかったな。」と青木さんは言いました。

少し泣いていました。

 

 

青木さんは病院に行かなければならないほど、いじめられていたのに、それでも学校に行こうとしたんです。

2度も入院したのに。

 

 

 

高校だって、いじめられてひどく怪我をしたのに、それでも1年遅れてでも高校に行こうとした。

 

 

 

それでも僕たちは学校に行きたかった。

そんな人たちも居るのです。

こんな僕たちに、「学校にいけないなら、行かなくても良いよ。」そんなことだけで、話を終わらそうなんて考えないでください。

 

 

今でも思い出すあの遠足の日。

綺麗に咲いた球根の花。

 

 

できたらあの場所に今からでも戻りたいのです。

 

 

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