父の容態が落ち着きました。
日本への帰国の準備をしている最中に、父親の容態が落ち着いたとの連絡が日本から入りました。
それで、私の家族と色々と話し合った結果、日本への帰国はしないことになりました。
すでに父親は2年程前より認知症を患っており、私のことを認識することができなくなっています。
私は、今年の2月に日本からフィリピンに移りました。
今後の人生をフィリピンで過ごす準備の為です。
渡比前に、両親に面と向かって挨拶をしました。
青木さんからは、きちんと両親に挨拶をする様にと言われていましたが、もちろん私自身、言われるまでもなくそのつもりでした。
母親には、「無理しなくてもいいからな、ダメだと思ったら、いつでも帰っておいでよ。ここはお前のうちなんだから、なんも遠慮しなくてもいいからな。」と言われました。
以前の私なら、母親のその言葉を聞いたら反発していたでしょう。
でも今年の2月には素直に母親の言葉に耳を傾けられました。
父親にも挨拶をしました。
しかし、反応はありませんでした。
最後の別れだと思って父親の顔をしっかりと見ました。
「お父さん、ごめんね。こんな息子で・・・」涙が出て最後までしっかりと言えませんでした。
母親が私の背中を優しくさすってくれました。
「昔のことはもういいんだよ。これからエイジは幸せになるんだから。お母さんと約束だよ。」
今思い出して文章を書いていても涙が出てきます。
私は青木さんに「日本に帰りません。」と報告しました。
青木さんは「本当に帰らなくても良いの?練習中断しても大丈夫なんだよ。」と何度も聞いてくれました。
私の決意が強いことを知り、「これからだって親孝行はできるんだよ。まだ大丈夫。その為にはどうすればいいのですか?」と青木さんは私に聞いてきました。
「私が1人でも生きていけるように。できたら家庭を持てるように。そんな私の姿を母親が見たら、安心すると思います。」
「それがここフイリピンでのあなたのやるべきことなんだね。」
「その目標目指して一緒に頑張りましょう。」
何がなんでも自立した姿を母親と父親に見せたい。
それは私自身が一つの区切りをつける意味でも、とても大切なことなんです。
自立して、幸せになったらこう思いたいです。
「とても辛い人生だったけれど、それらはもう過去のことになった。私は今、生まれてきたことを心から喜ぶことができている。」
必ずそう思いたい。
私の人生なんだから。
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