発達障害な僕たちから2

発達障害と診断され、2次障害でひきこもった東大、青木、シンゴと50代男Aとスタッフ吉村が社会復帰目指す日常を綴りながら支援についても書いていきます。

最高の支援者は青木さんではなく、僕の・・・。ブン

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僕はフィリピンのセブ市で大学に通っている。

今期単位は1つも落とさなかった。

それは素晴らしい家庭教師のおかげです。

 

 

 

素晴らしい家庭教師というのは僕の彼女です。

僕と彼女は一緒の部屋に住み生活を共にしている。

僕が大学を卒業したら結婚する予定だ。

 

 

 

彼女は今、会社でマネージャーの仕事をしている。

仕事を終えたら、真っ先に僕たちが借りているマンションに帰宅し、夕飯の準備をしてくれる。

 

 

僕の分担は掃除、ゴミ出しと彼女へのマッサージ。

仕事はかなりハードらしくて、肩と腰が痛いとよく言っている。

僕の愛情たっぷりのマッサージはどこのマッサージ店よりも効くらしい。

 

 

 

夕食の後片付けが終わったら、僕の勉強を彼女が見てくれる。

僕の性格を把握していてくれるので、相性が抜群なのだ。

だいぶ落ち着いたとはいえ、教えてもらってもわからないところがあると、そこにこだわりすぎて、先に進めない。

 

 

 

昔の僕なら癇癪を起こして、物に当たったり、きっと彼女にも当たるだろう。

でも、そんなことももうしなくなった。

僕は変わったのだ。

 

 

 

昔、僕が不安になった時、彼女はそれをいち早く察してくれて、僕をハグしてくれた。

 

 

自分の衝動性に気づき、すぐに落ち着きを取り戻した僕。

今そのことを思い返したら涙が出ます。

僕を救ってくれたのは・・・。

僕を変えてくれたのは・・・。

 

 

 

彼女の僕への愛なのです。

 

 

自慢ではないが、僕は学部トップの成績なんです。

大学はとても楽しい。

 

 

勉強がわかること。

小学校の時のことを思い出す。

先生が言っていることが何もわからなかった。

 

 

今は良くわかる。

授業が良くわかることがこんなにも楽しいことなのか!!

 

 

あと日本と違って集団よりも個を重んじるので、僕のような〈程度の悪いアスペルガーな人間〉にとっては、セブ市は最高の環境だ。

 

 

不安も混乱もない時間を送ること。

そんなことは、あの混沌とした小学生時代には想像もつかなかった。

 

 

もしまだあのまま日本にいたとしたら、狂人になっていたと思う。

その差はあまりにも大きい。

 

 

青木さんから支援を受けていた時に、くどいほど言われていたこと。

 

 

「僕たちは、あなたが基本的なことができるまでは支援ができるけれど、それ以上になると時間が足りない。

あとは、愛する人を見つけて、長い時間をかけてゆっくりと成長していきなさい。」

 

 

 

今、青木さんが言っていたことの意味が良くわかるのです。

もちろん小学校4年からひきこもっていた僕が、海外の大学に入れるようにしてくれたのは、青木さんたちです。

 

 

 

本当に感謝している今日この頃です。

 
 
 
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