「死にたい。今すぐにこの存在を消し去りたい。」と朝から一日中、そんな気持ちの日もあれば、「なんだかきっと楽しいことがこの先待っている。」となんの根拠もないのに1日気分が良い日もあったりします。
しかし、誕生日を迎えるたびに死んでしまいたいという気持ちが徐々に強くなっていきました。
毎日が同じ生活の中で、私の気力が段々と失われていったからです。
そんな日々の中で、私が見つけた支援団体がありました。
その団体のブログには信じられないほど大変な状況の人たちの回復までの記録が書いてあったのです。
この団体なら私でも回復させてもらえる。
そう思った私は支援依頼の電話をしようとしたのですが、いざとなると怖くて電話ができません。
「大丈夫。私は、ブログに載っている人たちよりは、随分とましだから断られることはないさ。」
そう自分に言い聞かせて、電話しようとするのですが、怖くてできないのです。
「あなたは軽い状況ですから、支援は受けられません。」そんな風に言われてしまったらおしまいだ。
ダメならダメでいいや!!
ヤケクソな気持ちになって電話をしました。
電話に出たのは女性の方でした。
私は何を言ったかあまり覚えていなくて、確か「支援を受けられますか?」
その人は「ご本人さんですか?親御さんの許可が必要なので、
肩透かしを喰らったような気がして、無意味に部屋を歩き回ってぐったり
その後、親に電話をかけてもらうよう頼み、承諾してくれました。
受話器からは、「女性の支援はとても難しいのでお引き受けできません。」という会話が聞こえてきました。
「そこをなんとかしてもらえませんか。」となんども話す母親。
やっぱり私は死ぬしかないのか?
ここを断られたらもうお願いできる場所なんてない。
母親は私のために粘ってくれました。
とうとう、「一度ご自宅にお伺いしてから支援ができるかどうかを決めます。」という話にまで持っていってくれました。
2人のスタッフが訪問してくれました。
とても優しい人たちで安心しました。
この人たちなら、こんな私でもなんとかしてもらえると感じたのです。
色々とお話をした後で、「試しにフィリピンへ行ってみましょう。」と言ってくれました。
でも不安の強い私は、「なんとかなるかもという希望より、存在自体が迷惑なポンコツな私なんかがとか・・・それだけじゃなくて、体調も悪くて普通の生活もままならないのにどうにかなるのだろう
そんな不安をスタッフに打ち明けました。
事務所に何度も通い、これから起こるであろうことを具体的にイメージできるようにしてくれました。
こうして私は、たくさんの不安と少しの希望の中で2018年10月14日フィリピンのセブ市に向かったのです。
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