発達障害な僕たちから2

発達障害と診断され、2次障害でひきこもった東大、青木、シンゴと50代男Aとスタッフ吉村が社会復帰目指す日常を綴りながら支援についても書いていきます。

支援者目線から子ども目線に変えてください ブン

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ヒロ師匠あなたの跡を僕たちはたどって行っているのです!!ありがとうこざいます。


 

 

僕は小学校4年から完全な不登校でした。

みんなができることが僕にはできなかった。

学年が上がるにつれて、そのことが多くなった。

 

 

今思えば学校生活についていけなかった。

また、先生に叱られてそしてクラスのみんなに笑われる。

学校に行くことがとても怖かった。

 

 

そんな生活が耐えられなかった。

そして、学校に行けなくなった。

 

 

そんな僕に母親は一生懸命学校に戻れるように努力してくれた。

 

 

 

学校の先生たちと相談して、保健室登校とかなんとか教室に通えるようにもしてくれた。

 

不登校の子どものためのフリースペースやフリースクールを僕に紹介もしてくれた。

 

 

でも、僕は全てを拒否した。

熱心だった母親も、僕の頑なな心を前にして途方に暮れていた。

そして、〈真性不登校人間ブン〉が誕生したんだ。

 

 

 

ある日、母親は、〈不登校の子どもを持つ親の会〉に参加したことを僕に告げた。

 

 

ある時、母が改心したことを僕に告白した。

「お母さんが、間違っていたよ。学校に行けないブンがダメじゃなくて、学校が悪いんだ。だから、もうあの学校には行かなくて良いんだよ。」と母親は達観したように僕に言った。

 

 

僕は母親の改心を心から嬉しく思うと同時に、母親と一緒になって日本の学校制度を叩き潰すことを心に誓った。

 

 

って、そんなことはしないさ。

違うね。

学校が悪いから、僕は不登校になったって!!

 

 

あなたはそう思うのですね。

もしかして、学校に行けないのは、行かない子どもは学校が嫌いとか、拒否反応を示しているとかそう思っていますか。

 

 

最近も、SNSの書き込みで、そんなことを言っていた人がいた。

とても影響力がある人ですけど。

 

 

僕は思った。

そういう子どももいるでしょ。

 

 

でも少なくとも僕は違うんだ。

もちろん学校に行けなかったのは事実です。

でも、僕の心からの願いは、〈みんなと一緒のことをしたい。〉だ。

 

 

みんなが普通にできていることを、僕もしたいんです。

学校に行って席につくと、次は何が来るのかと不安でしょうがなかった。

学校生活を楽しんだという記憶がないんです。

 

 

周りのみんなが楽しくしているのに、僕だけ蚊帳の外。

みんなの輪の中に、端っこで良いのでいたかった。

 

 

フリースクールに行けば問題は解決するとか、そんなレベルではないのですよ。

このブログを読んで、僕と同じ考えの人たちがブログを書いていることを発見して、僕はとても嬉しかった。

 

 

 

僕の考えは間違っていなかった。

そして、彼らは再びあんなにいやだった学校にもう一度戻っていく。

そこに僕は希望を見出していた。

 

 

もしかしたら、僕が小学校の時から持ち続けている〈孤独・悲しみ・不安・怒り・憎み・拒絶〉の思いから、抜け出せるのかもしれないという小さな希望を見出したんです。

 

 

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