山田です。
風邪も治りましたのでまた書かせてもらいます。
フィリピン人と日本人は違います。
何が違うかと言いますと、例えば温度の感じ方です。
映画館や病院、タクシーなどではエアコンの温度はほとんど、16度に設定してあります。
それでもフィリピン人は平気なのです。
もちろん国の半数の家庭にはエアコンはありません。
ないから、これみよがしにつけるのでしょうか?
フィリピンにお越しの際にはお気をつけください。
僕もなんども言われていましたが、やられてしまいました。
僕が書かない間、急遽、代わりに書いてくださいました東大さん、Mr.Joeさんありがとうございました。
またアドバイスもありがとうございました。
「来た当初からくらべたら、大きく成長しているんだよ。」スタッフにそう言われても、僕がそう感じる必要があるわけですよ。
自分がそう思っていないなら、やっぱりそんなに成長していないとおもいますがね。
でもやるしかないんです。
ぐずぐずしている時間はありませんから。
僕はこの6月からフィリピンの大学に行きます。
その間に何が自分に向いているのかを調べます。
フィリピンの大学は取った科目を持って違う大学に編入が簡単にできるのです。
大学卒業後は、フィリピンで数年間、研修のような形で働いて、それを就労実績として、日本で仕事を探す。
それがいいのではないかとスタッフが、進言してくれました。
その方向で進んでいくことに決めました。
それと「やり残したリスト」を元にして、できなくて悔しかったことを今一度やっていきます。
例えば「木工版画」です。
僕は力の加減がうまくできなくて、穴を開けてしまいました。
それが恥ずかしくて、授業がある日は休みました。
だから「木工版画」をもう一度、納得いくまでやりたいです。
「大縄跳び」ができなかった。
「懸垂」「バスケットボール」「写生」「本立て作り」「音符の長さを手を叩くことで表す。」「準備体操」「フォークダンス」
まだまだあります。
これらを全て「やれた。」としたいのです。
そしたら、もう小、中の悲しい思い出とも、おさらばできるはずです。
それが終わって、大学の授業に慣れた頃から、色々なことにチャレンジしてもらうとスタッフは言いました。
「サーフィン」「ダンス」「スキューバーダイビング」「空手」「ボクシング」「マジック」などなど。
他の人ができないけれど、僕はできるということをどんどん増やしていくそうです。
でも、できなくてイライラして、さじを投げることはしないと念をおされています。
僕の新しい時が始まりました。
僕の書きたいことはもうなくなりました。
「多分、親に対しての質問があるよ。」とスタッフがぼくに言いました。
父親は子育てに無関心な感じです。
いつも仕事に逃げている。
あまり感情も無い人ですね。
母親はあまりいろんなことがよくわかっていない人ではないかと思います。
上品ですが、たくましさが無いです。
色々なことでよく泣いていました。
母親は、僕が学校に行かないことを、祖母から随分ひどく責められていました。
母親のせいでは無いのに、責められていた。
父親にも相談したれけれど「俺は仕事で忙しいんだ。子育てはお前の仕事だろ。」と怒っているのを僕は聞きました。
それで、僕は自分の存在を憎みました。
「僕がいなければ、母親は楽になれるのに。」って。
母親に対しては申し訳ないと思っています。
祖母は絶対に許せません。
でも今は、日本から離れて良かったと思っています。
以上です。
みなさま読んでくださり、ありがとうございました。
コメントを下さった方、嬉しかったです。
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