発達障害な僕たちから2

発達障害と診断され、2次障害でひきこもった東大、青木、シンゴと50代男Aとスタッフ吉村が社会復帰目指す日常を綴りながら支援についても書いていきます。

中学不登校、20年間ひきこもって今、幸せだ!! Mr.Joe

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やあ、みなさん。お元気ですか?

Mr.Joeです。

 

 

 

僕は中学で、クラスのみんなとうまく交れなくなりました。

強い疎外感を感じたからです。

いじめとまではいかないけれど。

 

 

それで学校に行けなくなりました。

それからあっという間に20年間。

部屋でひきこもってしまいました。

 

 

 

(今になって、何がどういけなかったのかがわかります。)

(そしてそのことを直す練習を2年間してきました。)

 

 

 

両親がサポートセンターの講演会で聞いた話に感動して、「これなら、息子でも希望をつかむことができる。」とすぐに支援を申し込みました。

しかし、両親が支援を申し込んでから、僕が支援を受けるまでに1年かかりました。

 

 

 

やはり簡単には信頼できませんからね。

僕が恐れていたのは、集団生活の中で、軍隊式に訓練されることの怖さです。

 

 

僕はフィリピンに行くことになりました。

まあ、日本では息苦しかったのでよかったです。

喜んでフィリピンに行きました。

 

 

フィリピンでの滞在場所は、田舎と都会がミックスしたような場所でした。

都会すぎず、田舎すぎたりは嫌なので、ぼくにはちょうどよかったです。

 

 

 

そこでやったことは、ダイビングとテニスを1年間。

個人的にインストラクターをつけてもらってやっていました。

段階を追って、ライセンスを取っていくことは、僕にはとてもわかりやすかったです。

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2年目からはサーフィンが加わりました。

これもインストラクターを常時つけてもらって教えてもらっています。

そして今に至ります。

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この2年間は、ぼくの今までの人生をすべて足したことより充実した2年間だったと思います。

とにかく毎日がたのしかったです。

楽しいのが1番じゃないですか。

 

 

 

全く環境を変えてもらったことは、新しくやりなおす上でとても大切なことだと思います。

嫌なことを思い出してしまうような環境ではやり直しは難しいですよ。

 

 

最初に青木さんに言われたことばをいまでもよく覚えています。

 

 

「毎日クタクタになるまで遊んでもらうから。」

 

 

20年間ひきこもっていた男に、「クタクタになるまで遊ぶことが君がここでやるべきことだ。」そう言ったのです。

 

きっと粗末な雑居房みたいなところに仲間が押し込められていて、朝から就寝まで徹底的にしごかれる。

そんなことを想像していましたね。

 

 

だって20年間家でじっとしていたいただけの人間ですよ。

叩き起こして、徹底的にしごくしかないんじゃないですか。

甘えただけの人間だって世間は思っていますからね。

 

 

 

それが、ですよ。

ハアハアハアハァ

20年間の怨念がこの2年間で成仏できたような感じです。

 

 

今はネイチャーガイド目指して奮闘中です。

 

 

 

そんな僕に突然新たなミッションが!!

な、な、なんですって!!それはまた明日。

 

 

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