発達障害な僕たちから2

発達障害と診断され、2次障害でひきこもった東大、青木、シンゴと50代男Aとスタッフ吉村が社会復帰目指す日常を綴りながら支援についても書いていきます。

大変な時代に生きる程度の悪いアスペな俺。ヒロ

 

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 70才代真ん中でも牛丼屋で毎日働くこの人には頭が下がります。

 

 

 

10年ぶりのアルバイトで僕が確認したかったことは、「僕は大丈夫だ。」ということです。

 

 

小、中とほとんど不登校だった僕。

友達は1人もいない。

成績はオール1。

 

 

家族関係も良くなくて、家庭内暴力で僕が暴れるたびに、警察をなんども呼んだ母。

 

 

反社会的な行動を繰り返すようになった僕は、フィリピンに島流しにあう。

日本を出されてから、月日は流れて早8年。

 

 

8年間おいらは修行に耐えた。

歯を食いしばり、流した汗は血の涙。

高校を出て、大学も出た。

 

 

それでもまだ修行は終わってはいなかった。

さらなる試練を求めておいらは旅に出た。

 

 

あの追い出された日本にもう一度上陸し、胸に刻まれた屈辱の過去を精算するときがきたのだ。

名古屋港に飛び込むことしかできなかった俺が、華麗なる変身を遂げて、日本再上陸。

 

 

見せてくれ、あんたの生き様。

見せてやれ、あんたの情熱。

見せてやろう、大きく変化を遂げたこの俺様を。

 

 

何にも心配はない。

俺は大丈夫だ。

生きるのだ。

たった一つしかないこの人生を。

 

 

 

すみません脱線しております。

さてと。

まあ、無事に終わったアルバイト初日でございます。

 

 

「わからないことは、周りの人に聞くこと。」

「自分で勝手に考えて、勝手に決めることは絶対にしない。」

 

守りましたよ。

サポートセンター鉄則!!

 

 

 

良い出会いがありました。

リストラ3人組おやじたちは、その倉庫のオーナーの仲間で、人手が足りないので、仲間のオーナーに頼まれたという塩梅です。

 

で、3人組のおじさんたちと仕事が終わってから、電車の時間がまだあるので、クーラーがきいた応接室で冷えたお茶とゼリーをいただきながら話しました。

 

 

「大学生?」とおじさんAが聞きました。

「昨年大学を出ましたが、就職する前にもっと色々と体験する必要を感じて、今アルバイトをしています。」

 

 

「就職はどの方面を考えているの?」

「うちの息子は、今年大学を出たけど、ドイツの大学に留学してね。娘は今フィリピンのセブ島で英語を勉強しているよ。」

 

 

「僕はフィリピンの大学を昨年出ました。これから世界を渡り歩いていけるように、今はスペイン語と中国語の勉強をしています。使いこなせるまで、まだまだですが。」

 

 

「他の人にないものを身につけることは大切だよ。僕は営業一筋できて、40才手前で、自分には何もないことに気づいたんだ。今はいいが、あと10年後にはリストラされる危機感があったな。」

 

 

「この人は◯◯にいて、将来を有望視されていたんだけれどね、自分自身でやりたくなって、早期退職で今は自分で会社を起こしているんだよ。」とおじさんBが言った。

 

 

「要は主体的に生きていくかどうかだと思う。」とおじさんC。

 

 

「 Bさん、Cさんも世間ではとても有名な会社に勤めていたけど、今は自分で会社を立ち上げた。会社にすべてをゆだねるのではなく自分で責任を取っていくこと。現場にいたぼくらはそれを感じて、会社をやめたんだ。」

 

 

「ごめんな。なんか説教臭くなって。でもあなたは一生懸命黙々と働いていたから、何か言いたくなったんだよね。自分の子どもたちにはこんなふうには言えないからね。」

 

 

 

 

2018年お盆。

人生色々。

少し疲れましたので、また明日。

 

 

 

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