あの〈50代男さん〉は今、フィリピンにいる。
そして一生懸命、英語を勉強している。
来年の6月から専門学校に行く予定にしている。
フィリピンでこの先、生きていくために。
30年間、家から出られなかった人。
30年間、家族以外の人とは交流がなかった人。
「歯医者は? 病院にもかかっていないのですか?」
「家族以外怖くて関われなかったので、絶対に虫歯や腹痛にならないようにした。」と言っていた。
ご自宅にはテレビがなかった。
テレビを置かない家って案外あるもんなんです。
新聞も取っていなかった。
だから、彼の時間は30年前に止まったままだ。
サポートセンターに来て、初めて携帯電話やインターネットを知った。
名古屋駅前の風景が全く変わってしまったことに驚いた。
驚きと焦りと不安と。
彼の目の前の風景が「死刑宣告」のように感じられたかもしれない。
そんな彼を1年近く訪問したスタッフたち。
なんのリアクションもない中、訪問し続けた。
そして、会えた。
会えたら、やり直す決断は早い。
しかし、問題が。
30年間家にひきこもっていた彼は、まともに歩くことができなくなっていた。
毎日スタッフがご自宅まで訪問。
車に乗ってもらって、少し離れた公園で歩く練習から開始。
3ヶ月後、1人でサホートセンターまで来た。
それからゆっくりとしかし確実に支援が行われて来た。
1年、2年、3年と社会復帰へのリハビリが行われていく。
そんな中、フィリピンに行った。
初めて見るもの全てが新鮮だった。
日本みたいにあくせくしていない、ゆったりとした時間の流れが気に入った。
ここなら、自分はもう一度新しく生まれ変われそうだ。
そんなことを言っていた〈50代男さん〉。
しかし、現実は甘くない。
年齢の割には、できないことが多すぎるのだ。
一生懸命、一から出直して、できないことをできるように練習しているのだけど、それにも限界がある。
積み上げて来た努力も、寄る年波には勝てず。
ついに<やり直したい>という前向きな気持ちよりも、<どうせできっこない>というマイナスな気持ちが強くなって、とうとうギブアップ。
サポートセンターをやめるとなった。
スタッフが電話をしても、出ない。
ご自宅に電話しても電話に出た母親から「部屋の外から呼びかけても、返事がないです。」との返事。
ハガキ、メール、ライン。
全てダメ。
でも代表の青木は諦めずに、直々ご自宅を訪問。
強いつながりを持っていると感じた青木が、自宅玄関先で呼びかける。
「こんなことで諦めちゃダメだよ。」
「迎えに来たよ。」
「大丈夫だよ。君がもういいというまでそばにいるから。」
「出て来てください。」
そう話しかけたら、〈50代男さん〉が玄関まで出て来た。
すっと青木が差し出した手を彼は両手でしっかりと握りかえした。
「青木さん、僕はサポートセンターに行かなくなってからも、英語は忘れずにやっていました。」
手にしていたのは英語の教材だった。
「今も英語をやっていました。」
「僕はやる気はあります。ぼくはやる気はあります。やる気はありますから。」と3度も話した〈50代男さん〉。
今、彼はフィリピンにいる。
結婚するにはお金を稼ぐ必要があるから、英語をマスターして専門学校に行く。
誰かに好きになって欲しいので、痩せる。
映画をみる。
サーフィンをやってみる。
合コンに参加する。
ぼくは残された人生を楽しみたい。
僕の人生は僕が主人公だから。
あれ、どこかで聞いたセリフだな。
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