子どもといると癒されますね。みんなぼくのお友達
ヒロさんが急遽おやすみということで、僕に順番が回ってきました。
まあ、ぼくもヒロさんほどではないですが、コミニュケーションがダメですね。
サポートセンターに来て自分というものがよくわかりました。
自分の特性がよくわかったのです。
それまでは、自分がみんなとは違うなということは気づいていましたが、まさかこんなに違っているとは思いもしませんでした。
もしかして、サポートセンターと出会わなければ、永遠に勘違い野郎のままあの世に行っていたでしょうね。
ギャグを入れてみました。
そういう意味では、サポートセンターのみなさんには感謝しています。
勘違い野郎にならなくてすんだのですから。
しかし、やはり大変です。
発達障害の特性を持っているすべての人が大変なわけではなくて、僕たちみたいに凸凹がとてもとても大きい人たちが社会に所属することが難しいということなんですよね。
で、社会に所属できないから、そんな社会を恨んでいる人は多いですよね。
あのう。
僕も社会に所属できていませんでした。
でも、僕は一度も社会のせいにしたことはありません。
問題は僕自身なんだと思っていましたから。
今もそう思っています。
僕自身が問題なので、僕自身が変わればいいんだと考えたら、楽じゃないですか。
社会に問題があるので社会を変えようということはとても立派です。
しかし、その前に自分が変わった方が簡単じゃないですか。
変われるならばですが。
社会を批判している人も、学校を批判している人たちも根っこはおなじなのかなと思ったりします。
その人たちのやっていることは立派だとは思いますけれど。
僕は共感はできないな。
僕が公立の教師で僕を担当したらと考えると、深いため息をついてしまいます。
「大変な子だな、これは。」
「はあああああ」とため息しかつきませんね。
文科省よ、もっと教師を増やしてください。
もっと専門性がある教師を増やしてください。
もっと現場が使える自由な予算をよこせ!!
って大変ですね。
青木さんは言っていました。
「公立の都市近郊の中学校の先生は大変だろうな。」
「僕には絶対できない仕事だ。」
青木さんが大変だって言うんだから、「どんだけ!!」って思います。
ギャグを入れてみました。
これでよかったんですよね。
僕はサポートセンターと出会って、ますますその考えが正しいと思いまして、今まで頑張って来ました。
ヒロさんの言葉をお借りすれば「ちっとはましになった。」と思います。
それでも残念なのは、日本で社会に所属できるまでの自信は回復していません。
1度日本に帰りましたが、ダメですね。
長居はできないな。
フィリピンに帰ってくると、生き返ります。
でもここで頑張れるだけ、頑張って余生は日本の沖縄か北海道でも暮らせればという夢はあります。
その時まで僕の「変わる」という挑戦は続くのです。
また明日はきっとヒロさんです。
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