発達障害な僕たちから2

発達障害と診断され、2次障害でひきこもった東大、青木、シンゴと50代男Aとスタッフ吉村が社会復帰目指す日常を綴りながら支援についても書いていきます。

危険人物だからアメリカに行かされた僕。やす

 

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最初に書いておかなければいけませんでした。

僕はアスペルガーと診断されました。

中学の時です。

 

検査は吐き気がしました。

時間が長かったから。

 

 

警察官は色々と話してくれました。

僕がしている行為はストーカーということです。

 

 

そしてそのような行為を取り締まるためにストーカー規制法が出来ました。

 

 

「君みたいなことをしている人たちを取り締まるために法律があるんだ。」

 

 

「今のようなことをしていると君の将来がだめになる。」

「相手の女性が拒否をしているので、会いに行くこと、メールや手紙、電話をすることを止めないと、逮捕されて君の将来がだめになると言われました。」

 

 

その警察官とは気が合いました。

ところで君の彼女はどんな女性なんだと話しかけてくれたからです。

 

 

僕は、彼女の写真をアルバムにして、持ち歩くカバンに入れてありました。

 

 

それを警察官に見せたら、とても驚いていました。

じーっと眺めていたので、警察官も好きになったはずだとその時は心配しました。

 

 

それから僕はいかに彼女が素晴らしいかを説明しました。

そして、結論は「だからなんとしてでも彼女を自分のものにしたい。」と締めくくりました。

 

 

「もう一度、ご両親とじっくり話し合ったほうがいいね。」

迎えに来てくれた母親に挨拶をした警察官はそう僕に語ってくれました。

僕は母親と自宅に帰りました。

 

 

「どうしても、◯◯さんのことが忘れられんの?」

「無理だ。」と車中で吐き捨てるように母親に言いました。

 

「仕方がないから、アメリカに行くしかないね。」

「なんで、アメリカに行かなあかん。絶対に行かんからな。」

 

 

「アメリカはエイズとレイプが蔓延している危険な国なんだぞ。」

「そんな国に俺を捨てるのか。」

 

 

そう言うと僕は走っている車のドアを開けて、外に飛び出しました。

すごい早いスピードでコロコロと僕の体は転がっていったことは覚えています。

 

 

気づいたら病院にいました。

ドームの中に入って色々と検査をしました。

2日後退院しました。

 

 

僕はアメリカに行くことになりました。

アメリカに行く前に彼女に挨拶だけはしておきたいので、再び彼女の家にいきました。

 

 

呼び鈴を鳴らしても返事がなかったので、玄関の階段に座って30分ごとに一度呼び鈴を鳴らそうと、携帯のストップウオッチをセットしました。

 

 

20分したら、パトカーが来ました。

屋根の上のライトが消えていたので、仕事が終わってこれから警察署に帰るんだなと思っていました。

 

 

パトカーから警察官が降りてきて、僕は再びパトカーに乗りました。

 

 

走り去る車の後部座席で、後ろを向いて彼女の家を見続けました。

「出てきてくれ!!頼むから。」

 

 

心の中でそう叫んでいた僕がいました。

 

 

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