Bさんのご両親から私に連絡が入りました。
ご両親は毎週2回、食料品を息子さんの家に持っていきます。
その時に私や他に訪問している知人が玄関に置いていった差し入れがなくなっているかどうかを確認してもらっていました。
両親に購入して欲しいものがメモ用紙に時々書いてあるのですが、私たちの訪問が始まって以来、以前より多くのものが購入リストに上がっていました。
そんなことから気持ちが前向きになったと喜んでいた私たちです。
当時私たちが考えてできることはそのくらいのことしかありませんでした。
しかし、私が最後に訪問した時に持参したお菓子などがそのままドアノブにかけられていたのです。
やはり彼が故意的に音を出したのは私の訪問を嫌がったことということがわかりました。
少し訪問を控える必要がありました。
訪問を一旦休止して、ご両親からの報告を待つしかありませんでした。
数ヶ月が経った頃、お母様から「自分に悪性の腫瘍が見つかり、手術をしないといけない。長時間の手術で体力が持つかどうか医師が心配している。息子のことをこの先どうしたらいいのか…」との報告とご相談があったのです。
私は、今こそ10数年引きこもり会うことができていない息子さんに会う大きなチャンスだと感じ、「息子さんに主治医から言われたことと、手術前に一度でいいので会いたい。とメモ書きして渡してください。」とお母様にアドバイスをしました。
お母様は、私のアドバイス通りに、午前中に頼まれたものを持っていきました。
その日の夜にお母様の携帯に電話がありました。
見ると画面に公衆電話と出ていたのです。
すぐに息子さんだとわかりました。
「お母さんメモ見たよ。大丈夫なの?お母さん今すぐうちに帰っていい?」
十数年ぶりに聞く息子の声。
お母さんは思わずその場にしゃがみ込んでしまったそうです。
その日、十数年ぶりにご両親と過ごした息子さんの姿がありました。
私たちの事務所からBさん宅を訪問するのに1日がかりで交通費だけでも往復で6万円近くかかりますので、私たちの支援はご両親と会えたことで終了となりました。
その後ひきこもっていた場所から両親の住む場所に移り、ゆっくりした歩みですが就労にも挑戦しています。
Bさんは高校時代から同級生とのコミニュケーションを取ることが苦手で、不安が大きくなり高校を中退しました。
気力を振り絞って食堂のアルバイトをしたのですが、やはり従業員とうまくやっていけなくて長続きはできませんでした。
自信がついたから、ひきこもりをやめたのではありません。
Bさんの内面は何も変わっていないのです。
しかし、他者に対する不安よりも母に対する思いが勝ったのでしょう。
私の30年間の支援の中でこのようなケースが他に2件ありました。
残念ですが、このようなことは計画してできることではありません。
しかし、ひきこもっている多くの人たちは、家族に対して暴言や暴力があったとしても、心の奥には、家族に対する思いが強くあることを私は彼らに教えてもらいました。
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