僕も大学行ったらいろんな国の人と友達になるつもりやで。
日本に帰国してから、うちはアルバイトに行ったんよ。
正しくはスタッフにアルバイトをするようにさせられたんよ。
そのときの履歴書に昔行っていた「◯◯高校中退」と書いて面接に持って行きなさいと言われたんよ。
「なんでそんなことしんといかんのや」と思ったけれど、まあいいやと思った。
「◯◯高校」は「不登校児の子供を受け入れる高校」なんよ。
で、15個にアルバイトの申し込みをしたんよ。
全て「高卒以上」と書いていないところばかり、選んだんよ。
案外多いんよ、「高卒以上。」って制限されているところ
で、面接に行きました。
うちな、体がくねくねしてんねん。
「スネークマン」っていうあだ名がついたこともあるくらい。
「ビッシ」とできへんのよ。
まあこれでもスタッフさんたちとジムに行って随分と変化はしたんやけどね。
それとアルバイトの面接のイロハも徹底的にスタッフさんに実戦形式で覚えこまされたんよ。
結果ですわ。
はい、全部見事に落ちました。
すごいでっしゃろ。
あのな、うち落ち込みましたんよ。
涙が出そうになりました。
面接で何があったかおしらせしますわ。
やっぱな、うちの「◯◯高校」は評判悪いんよ。
「あっー、◯◯高校いっとったんか、元不良?」
「◯◯高校」大変でしたやろ、やっぱやめたんですか」
そんなんばっかや。
なんかうちも悪い子供やって色メガネで見られとるっていうことがわかったわ。
「そんなに◯◯高校は悪いんでっしゃろか」と聞いてみたら、「普通はいかんやろ、あそこの高校。」
あのな、うち、◯◯高校のことボロクソいっとったやろ、なんか可哀想になってな、もうあそこの高校のことは言わんとこって思ったくらいや。
まあ、真面目な生徒もちらほらおったしな。
100パーセントダメじゃないんよ。
って、いつから援護しとるんや、うち。
それほど世間の評判は悪かったな。
そんな高校を中退したうちやから、こんなに人手不足やっちゅうのに、どこの会社もうちを必要としんかったんや。
この現実はすごかったな。
スタッフさんにもっと面接受けたいって言ったんやけど、同じ結果やからやめときって言われたんや。
それでなうち思ったんよ。
うち、インターナショナルハイスクール出てるんや。
それ書いたらええがなと思ったんよ。
でも日本では文科省になんか提出しんといかんかって、その時まだ出してへんかったから、前の◯◯高校にしたんや。
でも、ちゃんと出ていることは確かやから、「◯◯インターナショナルハイスクール」卒業と書いたんよ。
それとちよっと自尊心ズタズタにされたから、特技「英語」「中国語」「タガログ語」と盛って出したわ!!
そして今度はどこかに受かりたかったから、30社電話して面接に行ったんよ。
結果から言います。
ほとんど受かったんよ。
なんやの、なんやの、なんでや。
同じ人間やで、履歴書に◯◯高校とインターナショナルハイスクール卒業としか書いてあること違わんのにな。
「君、英語喋れるんだ。なんか話してみて、中国語も話してくれないかな。すごいや」
「インターナショナルハイスクールって帰国子女なの?」
「アメリカの大学行く前に少しアルバイトをしたいって、うちなんか君が来るところじゃないよ」
うわははは。
どうだ、見たかって思ってしまいましたんや。
なんじゃあ、この違い。
いやあ、人はこんなふうに見てるのかって、よーくわかりました。
すごい体験をさせてもらいましたわ。
はい、このことで「やっぱ大学いかんことには何も始まらんわな」そうわかりましたんや。
決して自慢話をしたくて書いとるんと違います。
スタッフさんに励まされて、何とかインターナショナルハイスクールを卒業できたけれど、あの時はこんなに意味があるとは思ってなかったんよ。
勉強できるうちはせなあかんということがわかった体験やったんよ。
で、うちは、アメリカ行くんです。
それとある人からアドバイスもあったことも理由やけどな。
また今度。
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