はい、ご覧ください。郵便局のアルバイトに落ちた証拠です6年前
頭が混乱していた。
前回の記事は自分で読み返しても何を言いたいのかがわからない記事だ。
大学を卒業したとしても、スペイン語、中国語、英語、タガログ語、ビサヤ語を実務的につかえるまでになったとしても、人と関わることが難しいなら、意味がないんだ。
社会は俺を必要としない。
日本にいるときにアルバイト面接を100社受けたんだ。
合格は3社。
どれも一ヶ月以内に解雇されている。
就労経験と言えばそれしかない。
アルバイトという立場でも、必要とされなかったという事実。
それが俺のすべての記憶。
だから、不安なんだ。
さすがに100社受け3社しか合格っていうことは今はないだろう。
しかし、職場の人たちとうまくやって行ける自信はいまだにない。
支援仲間のTの話。
そして、外国人労働者が日本に押し寄せてくるという事
俺の周りにいる外国人のやる気が半端ないということ。
それらを合わせて考えると、やはり程度の悪いアスペな俺は、これから先も大変な苦労をするんじゃないかと思ったんだ。
ほっと一息つくなんて夢の又夢だ。
誰かの役に立ちたいと言う考えだって、それ自体は素晴らしい事なんだろうけど。
「一人前に自立してから言えよな」
「てめえは単なるくそガキなんだから」
ブラックヒロが俺にそう話かけたんだ。
7年前にサポートセンター名古屋に相談にみえたお母さんがいた。
息子さんは当時高校2年で俺を彷彿とさせるような、程度の悪いアスペルガーだったんだ。
何かというと周りに暴力を振るう少年。
青木さんは、落ち着かせ、周りの人たちとうまく関われるような練習に特化しましょうとお母さんに提案をした。
しかし、お母さんはそんなことより、有名大学を卒業させて良い就職先に入れたいと話していた。
2年前にそのお母さんから再び支援の依頼があった。
大学を良い成績で卒業する為に、アルバイトや部活動などは一切やらさせなかった。
良い成績を取ると、お金を与えるという事で、勉強をさせ続けていたんだ。
良い成績で卒業したが、就職は全滅。
一次面接ですでにアウトだったらしい。
就職をあきらめてアルバイトをし始めるも、すべて解雇。
そして、再び激しい暴力が出始めたので支援の依頼をサポートセンター名古屋にされたんだ。
青木さんは、支援を引き受けなかったんだ。
お母さんが何が大切な事か理解できないということが原因だったらしい。
その後パチンコ屋で負けが込んだので、はらいせにパチンコ台を叩いた事から、従業員と言い合いになり、従業員を殴ってしまい、警察沙汰になってしまった。
俺は、ふと、その人の事を思い出したんだ。
大学出たって、その人みたいになるんじゃないかと不安なんだ。
スタッフが言ったんだ。
大学で色々な事に挑戦しているでしょ。
その度ごとに、問題が起きる。
その起きた問題を丁寧に、ゆっくりと私たちと一緒に考え直しているじゃない。
失敗しても大丈夫。
むしろ今たくさん失敗すれば、これからは失敗しなくなるでしょ。
例え、失敗しても、過去の事を思い出して最善の事を選択できるようになるから。
今は、練習のときなんだよ。
しかも、まだ後3年間もこの練習が続くんだよ。
青木さんは言った。
日本一の支援者達がヒロさんの周りを取り囲んでいるんだ。
そして、ヒロさんに取って何が一番良い事なのかを皆で毎日考えている。
僕たちが計画した通りに進めば、間違いはないよ。
その言葉を信じて俺はフィリピンくんだりまでやってきたんだ。
その言葉を信じ続けて俺は1日、1日を過ごして行くしかないんだ。
気分転換に、アニメショップに行ってきます
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