発達障害な僕たちから2

発達障害と診断され、2次障害でひきこもった東大、青木、シンゴと50代男Aとスタッフ吉村が社会復帰目指す日常を綴りながら支援についても書いていきます。

希望はある!! ひきこもっていた俺はこれで「承認」を得た ヒロ

 

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       すべての子どもが学校で学べればいいな

 

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「学ぶ楽しさ」をスタッフとともにスキットで表現しました。

 

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台風で川が氾濫、何もかも流されて裸で来た子どもに服を手渡す

 

 

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   家を家族を失った子どもたちに、おもちゃを渡す。

 

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   今日食べる物を求めて民衆の怒りは爆発する

 

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          子どもの笑顔

 

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         子どもの笑顔

 

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         笑顔をありかどう

 

嫌われていた。

クラスのみんなから。

「死んでください」BY クラス一同

 

宿泊研修で、一緒のグルーブに誰もなってくれなかった。

年賀状は誰からも来なかった。

ただ嫌われているのではなく忌み嫌われている俺。

 

 

だから、すべてのことに自信なんか持てなかった。

「生きる」ことでさえ。

 

 

フィリピンで困っている子どもたちに、小学校に、古着屋や文房具を配るボランティア活動に誘われた時、昔の嫌な記憶がよみがえった。

 

 

 

意を決してやったボランティア。

どの子も俺に笑顔と感謝の気持ちをくれた。

 

 

その笑顔の裏側に、メッセージが込められていることを帰りの車中で感じた。

「どうしたの、何を悲しんでいるの、ため息をつくのは止めにして、笑ってごらん」

「あなたは、優しい心を持つ人」

「だって、私たちにこんなにもしてくれたんだから」

 

 

二度目の自殺をすることを止めにした。

今、俺は生きていること、いや、生かされていることに感謝している。

俺の人生もちろん俺が楽しまなきゃって思っている。

 

 

でも、それだけじゃなく、誰かの為にも生きたいと思っている。

 

 

フィリピンの大変な環境の中で笑顔を忘れずに、生き抜いている子どもたちの姿に感謝。

 

 

俺は、その笑顔を同じ様に今も苦しみ嘆いている日本の青少年に見せてやりたいと思っている。

 

 

「大丈夫だ、希望はあり続ける。君があきらめない限り。」BY ヒロ

 

 

 

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