このおばさん俺の手を中々離してくれずに最後は泣かれてしまった
フィリピンという国そしてそこに住む人たちは俺に生きる希望を与えてくれた。
いじめられ、蔑まれ続けて来た俺。
小、中と不登校。
学校に行くと殴られ、蹴られ、つばを吐かれて金を要求された。
どんなにいじめられていても、クラスに一人や2人、良心を持つ味方がいるもんだ。
しかし、俺はその存在を確認することはできなかった。
学校に絶望した。
社会に絶望した。
両親に絶望した。
最後は自分に絶望して、「死」を選んだ。
名古屋港に入水自殺して、生き残った俺。
二度目を決行する前に、フィリピンに渡航した。
そこで「愛」に出会った。
それは死に体だった俺の体の1つ1つの細胞に「生きるエネルギー」を注入してくれた。
「生きなさい」
「立ち上がりなさい」
たくさんの人たちが、俺の親衛隊になろうとしてくれたんだ。
信じられなかった。
当たり前だ。
産まれてからこの方、誰も俺に「愛」を与えてくれたなかったんだから。
簡単に信じる事なんかできなかった。
かたくなな俺の心がたくさんの愛によって少しずつ、少しずつ溶けていった。
今、俺は大学の3年生。
普段は勉強で一杯一杯だ。
たまの休みは終始寝ている。
時には気分転換に友達と過ごす事もある。
本当は俺の命の恩人、フィリピンに恩返しを少しでもすべく、ボランティア活動をしたいんだけれど、情けないがボランティアをするにも心の余裕がないと無理なんだ。
大変な状況に置かれている人たちの姿を見ると、俺の小さくてやわな心は激しく揺さぶられる。
ボランティアが終わった後は食事ものどが通らず、やけに興奮している俺がいる。
しかし、今年の年末は青木さんに促されて、ボランティア計画を4回立てた。
残念だけれど、クリスマスでの空のラインが寸断されて、3件のボランティアは流れてしまった。
最後に残った一番小さなボランティアだけが残り、俺は青木さんと一緒におこなった。
泣いたらあかんと思ったら変な顔になった
ボランティアが終わって、やはり俺の心は激しく動揺していた。
圧倒的な貧しさを前に、言葉が出ない俺がいる。
もちろん、世界を見渡せば、もっと悲惨な状況の国があるだろう。
しかし、すぐそこに横たわる絶対的な貧困。
それを目の前にして、なんとかしてそれを変えたいという俺がいるんだ。
「大学生活をうまくやるだけで精一杯の俺には、この現実を目の前にして、ただ無力を感じるだけです。」
青木さんに吐き捨てる様に言った。
「そんな気持ちを持つだけでも、君はとても進歩しているんだ」
「大切な事は、その気持ちを持ち続けるという事」
青木さんはそう話してくれた。
いつか、もっと困った人たちの力になれる日がやってくるさ、そう信じて。
俺は、気持ちを持ち続けて行きたいと思った。
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