発達障害な僕たちから2

発達障害と診断され、2次障害でひきこもった東大、青木、シンゴと50代男Aとスタッフ吉村が社会復帰目指す日常を綴りながら支援についても書いていきます。

20年間ひきこもった彼が今正社員として働いている。前編 東大

 

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フィリピンで食べる焼肉は美味しくありませんでした。ごめんなさい。

 

劇団兄いは今、日本語教師としてフィリピンの語学学校で働いています。

2年前は、フィリピンの地方にある語学学校の採用でしたが、この12月に本部である学校に昇進となったのです。

 

 

その彼が年内の授業が終わったということで、青木と私で慰労と昇進祝いを兼ねて訪問しました。

 

 

朝5時に起きて空港へ向かった私たちです。

いつもは大渋滞の道ですが、クリスマス明けでがら空きの道路状況でした。

およそ2時間の道が30分かかりませんでしたから。

 

 

空港でフライトの待ち時間、青木との話題は支援している人たちのことばかりです。

 

 

「Aさんの今の状況をどう思うか?Bさんには来年度から英語の授業をもっと受けてもらおう。」などなど。

そんな話が終わると、ラップトップに向かって、メールの返事をする青木です。

 

 

「先日、相談会に来られたOさんのお母さんからこんなメールをいただいたけれど、どんなアドバイスができるかな?僕の考えた文章を言うので意見をください。」

朝から、熱い男です。

 

 

私は私で、ああでもないこうでもないと必死にこのブログと格闘しています。

時には、青木にブログのテーマを聞いたりもします。

 

 

彼の住む街の空港に降り立ち、タクシーで待ち合わせ場所に向いました。

タクシーの車内では劇団兄いのことを話し合いました。

支援が終了して2年近く会っていません。

 

 

やがて待ち合わせ場所に着きました。

待つこと5分程度で彼と2年ぶりの再開。

 

 

どうしてか、鼻の奥がとても痛くなりました。

そして涙が出てしまいました。

青木を見ると、青木も涙目になっていました。

 

 

「お久しぶりです。ご無沙汰しております。」

そう言って、笑顔で手を伸ばしてきた彼。

2年間で彼はすっかり社会人になっていました。

 

 

積もる話もありますから、まずは腹ごしらえといきましょう。

彼のリクエストの焼肉です。

 

 

席に着くなり、マシンガンをぶっ放すごとく、話すは話す。

会話が止まりません。

いやいや、箸を進めましょう。

 

 

彼の話を聞いて、青木も私も涙が止まりません。

それを焼肉の煙のせいにすることで必死な私たちでした。

 

 

明日に続きます。

 

 

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