発達障害な僕たちから

発達障害と診断され、2次障害でひきこもったヒロ・東大とその仲間達が回復目指しての奮闘記です。

不登校の子どもは安全地帯に避難して、ひとつひとつ丁寧に教えてもらうと回復するよ。ブン

 

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僕は小学校から不登校だった。

正確に言えば幼稚園も行けなくなった。

 

 

 

どうして行けなくなったのかは理由がある。

学校が怖かったから。

学校の何が怖かったのかというと、他の生徒のスピードについていけなかったことです。

 

 

集団行動がまるっきりできなかった。

サポートセンターに来て教えてもらったことは、僕はできないんじゃなくて、できるまでに時間がかかる人間なんだということ。

 

 

そして時間を長めにかければ、ほとんどのことができる。

できなかったり、困った時には、助けを求めて良いんだ。

 

 

 

サポートセンターは、時間をかけても僕ができるまで待っていてくれるので、僕はできないんじゃなくて、やり方がわからなかったり、頭からできないと決めつけていたから、余計にできなくなっていたんだということがわかりました。

 

 

 

このことをわかったことが、海外に来て一番大きな収穫だったと思っている。

 

 

 

 

僕はバカだから?

もしかしたら、障害があるのではないか?

どちらにしても圧倒的多数の正常な人たちの前では、僕はゴミでクズな奴なんだ。

 

 

 

そう長く信じていた。

 

 

だからもう何かやろうとする気力も無くなっていた。

 

 

でもそんなのは違っていた。

サポートセンターのスタッフは、それは違うということを立証してくれたんだ。

 

 

 

フィリピンに来てからも、なんどもなんども、僕はスタッフに迷惑をかけました。

 

 

「僕はバカだから、どんなに頑張ってもらっても無理ですよ。違う人の支援をしてあげてください。」となんどもなんどもスタッフさんに言った。

 

 

特に与えられた課題をこなせなかった時は、頭に血が上り、発狂した人のように振舞ったりもした。

 

 

大きな声でわめき、物を壊す。

スタッフさんは、その場を逃げずに、ただ静かにしていた。

 

 

「気が済んだ?心配ないんだよ。ほらお水を飲んで。」と言うと、散らかった僕の部屋を手際よく片付けはじめる。

 

 

 

「暴れたい気持ちはわかるよ。でも暴れたら、後片付けが大変でしょ。どこか怪我するかもしれないし。これからは怒りの気持ちをうまくやり過ごす練習もしていこう。」

 

 

絶妙なタイミングでそういうんです。

 

 

 そして落ち着いた僕は、また課題をこなしていくのです。

 

 

ヒロ師匠が書かれていたブログに同じような場面がありました。

 

 

「どうせ、俺はバカですから、死んだほうが良いんでしょ。死ねと言ってくださいよ。」

 

 

同じだ。

僕と同じなんだ。

 

 

師匠ありがとうございます。

学校に行ってきます!!

 
 
 
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