50代男さんの担当は、僕ではありません。
フィリピン人スタッフが支援をしています。
日本人スタッフより、フィリピン人スタッフと一緒にいる方が彼の顔の表情が良いのです。
50代男さんが「弱音を吐かない。」と言いましたが、毎日のように弱音を吐いています。
「僕は病院に入院した方がいいのではないですか。」
「こんな歳になって、できないことがこんなにあるとは思っていなかった。もっと早くに死んでおけばよかった。」
支援を受けなかった山田さんの20年後が、50代男さんなのかと妙に納得する僕です。
僕は蚊取り線香を取り出して、50代男さんの前に出しました。
「重なった蚊取り線香を、1枚だけ使いたいので、離してくれませんか。」とお願いしました。
その模様を録画するため、ビデオをセットして「5分後に戻ります。」と言って部屋から退出しました。
5分後戻ったら驚いてしまいました。
一箱に束が3袋入っていましたが、3袋からそれぞれ1枚ずつ蚊取り線香が取り出してあったのです。
「1袋から1枚だけ取り出してください。」と正確に言わなかった僕のミスです。
ビデオを巻き戻しました。
20秒で1枚を離すことができていました。
「すごいですね。20秒でできました。」
「こんなの誰でもできるでしょ。」
「いいえできない人が、あなたの身近に2人います。」
「誰ですか。」
「青木とヒロさんです。」
事務所に移動してもらって、作業をしてもらいました。
アルミ製のラックを組み立てるのです。
一緒にスタッフが協力しますが、50代男さんが全て指示を出します。
20分ほどで出来上がりました。
「すごいですね。丁寧にできましたね。」
「次はなんの作業ですか?」
「この作業ができない人たちがいます。どう思いますか?」
「こんなことは誰でもできます。できない人は、障害者の人でしょう。」と50代男さんがイライラして僕に言いました。
「はい、できない3人は、ヒロさん、山田さん、そして僕です。」
僕と聞いて僕の顔をじっと見つめる彼です。
「確か東大出ているんですよね。東大出ててもできないの?」
「はい、東大ではラックの組み立て方も重なった蚊取り線香を1枚だけ離すことも教えてくれなかったです。」
「そんなもん教えんわな。」
「そうなんです。教えるまでのことでもないのです。」
「他の人にとって簡単なことが僕やヒロさん、青木にはとても難しいことなのです。」
「青木先生は賢そうな人に見えたけれど。頭が悪いのか?」
「いいえ、そういうことではありません。青木は図工や体育が1か2でした。集団行動ができません。絵は幼稚園児が描く程度です。」
「しかし、ひきこもっている人たちの支援に関しては、大きな成果をあげています。青木と肩を並べる人はそうはいないでしょう。」
「できないことはできるようにすればいいだけなんです。」
「時には誰かに手伝ってもらってもいいんです。」
「だったら、僕は何もしなくていいことになるな。」
「違います。努力すればできるのに、しないことはよくないことです。今あなたがしていることは、努力してできるようにすることなのです。」
こんなふうにして支援は日々行われていきます。
「50代男さんは、3年間支援を受け続けた後、自立できるようになります。」と青木は考えています。
思いつきではなく、4年間50代男さんを見続けてきたことからそう判断したのです。
このブログを見て下さっている皆様。
どうか3年後、彼が自立できるその日まで、私たちと一緒に彼を見守り続けてもらえないでしょうか。
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