発達障害な僕たちから

発達障害と診断され、2次障害でひきこもったヒロ・東大とその仲間達が回復目指しての奮闘記です。

僕はみんなと同じことができないので死ぬしかない。山田

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僕の名前は山田(仮名です。)

30代です。

男です。

 

 

家族は母親と父親です。

あと犬を一匹飼っています。

今はフィリピンで英語の勉強をしています。

 

 

僕は昨日、Joeさんのブログを読んで僕の気持ちを出したいと思ったので、青木さんに連絡して、載せて欲しいと言いました。

 

 

青木さんは「いいよ。」と言いました。

 

 

僕は中学校の時に「アスペルガー」と診断されました。

 

 

 僕の何が問題なのかと言いますと、「何もできない」ことです。

本当に何もできないのです。

自分が情けなくて、死んでしまいたいとなんども思いました。

 

 

小学校の時から、みんなと同じことができなくて辛かった。

授業中に「周りの人、三、四人でグループをつくつて、話し合いなさい。」と先生が言っても、僕はどうすれば良いのかがわからない。

 

 

周りの人って、どこからどこまでが周りなのかと考えていると、僕は独りになっていることがよくありました。

クラスの同級生に「どうしたらグループになれるのか」なんてはずかしくて、聞けなかった。

 

 

運動会で集団行動の練習があって、その中に行進があるんだけれど、行進ができないんです。

手の上げかたがおかしいと言われました。

 

 

手の運びが不自然。

「周りのみんなをよく見てみろ。お前だけがおかしいぞ。」

たくさんの生徒がいるのに、マイクで怒鳴るように注意をされて、とても恥ずかしかった。

 

工作の時間。

先生がその日の課題について説明しても、何もわからなかった。

 

 

「何かしていますよ。」と見られるために、「振り」をしていたけれど、課題はその時間内には出せたことは一度もなかった。

 

 

だから通知表は確か、1か2だった。

 

 

作文もどう書いていいのか、わからない。

夏休みの自由課題も何をして良いのかわからない。

 

 

だから学校は恐かったので、行けなくなってしまった。

Joeさんと同じです。

 

 

僕もみんなと楽しくやりたかった。

給食はとても楽しみにしていた。

でも、学校に行けなくなってから、ずーっと家にいました。

 

 

友達は1人もいませんでした。

みんな僕を嫌っていることはわかっていました。

 

 

外に出るとクラスの誰かと会うのじゃないかと心配で、みんなが高校を出るまでは外にでないようにと決めていました。

 

 

でも16歳で父親の転勤で愛知県に引越しをしました。

そこでもひきこもっていました。

 

 

どう文章を書いていいのかわからない。

でも、書きたいと思ったことがあったから、書きました。

僕はバカな失敗をしてしまいました。

 

 

それで、もうやっぱりダメだから、本当に死んでしまいたいと思いました。

 

 

青木さんに、電話をして「いますぐに話を聞いてください。」とお願いしました。

「そうしないと死んでしまうかもしれない。」とおもったからです。

 

 

「わかりました。今から行くので、6時間近くかかるけれど、待てますか」と言ってくれたので、「待てます。」と答えました。

 

 

サポートセンターのスタッフに手伝ってもらって、文章を書きました。

「落ち着きなさい。」

「あなたに1番大切なことは落ち着くことですよ。」

 

 

スタッフから何百回も言われています。

 

ありがとう。

 

 

1000字程度で収めなさいと言われたので、何を失敗したのかは明日書きます。

 

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