発達障害な僕たちから

発達障害と診断され、2次障害でひきこもったヒロ・東大とその仲間達が回復目指しての奮闘記です。

やっていけるという自信が大切 Mr.Joe

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   中華料理店の仲間に見せたら、特徴を掴んでいると好評でした。

 

 

青木さんから、僕の似顔絵を見せてもらいました。

「バンブーさん」という人が描いてくれたのです。 

 

 

バンブーさんってどんな人ですかと聞いたのですが、個人情報はあまり出せないみたいでした。

本人の承諾が必要ですからね。

 

 

 

昔から、このブログの愛読者だったとのこと。

そして、このブログに励まされたみたいです。

それでヒロさんが受けている支援を自分も受けて、社会に戻りたいと決断されたのです。

 

 

それからサポートセンターに繋がって、スタッフの支えもあり、今は自信を獲得したのです。

このイラストを描くことで自信をえたのでしょうか。

 

 

自信を得ることはとても大切なことです。

20年間ひきこもっていた僕は自信がありませんでした。

 

 

どんな自信?

みんなができるのに、自分だけができない。

自分はみんなより劣っているに違いない。

 

 

何気ない会話。集団行動。授業のスピード。

何もかもだめでしたね。

何もかも。

 

 

それで中学校が怖くなりました。

今日もだめだった。

明日もだめだろう。

 

 

中学校に行けなくなりました。

行きたくなかったわけではありません。

みんなと少しは仲良くしたかった。

 

 

それに中学校は、面白い生徒がいて、その生徒の発言や態度がとてもおかしくてみんなが笑っていて、その中に僕もいたかったです。(この気持ちは僕だけではなくて、ヒロさんも同じように書いていますよね。)

 

 

でも僕は中学校に行けなくなった。

中学に行かなくて、ハッピーになったかというと、全然ハッピーではなかったです。

 

 

糸の切れたタコのように不安定になり失速し、やがて地面に墜落しました。

30年前は、選択肢は中学校に行くという一択しかありませんでした。

行けなくなった人には何も用意はされていませんでした。

 

 

 

まあ中には「中学校には行かない。」という意思をはっきりと示して、「行かない自由はあるだろう。」と文科省と戦った人も中にはいるみたいですね。

 

 

 

僕にはひきこもるしか選択肢はなかった。

何もひきこもりたくなんかなかったのに。

それも20年間も。

 

 

20年間ひとりぼっち。

ラジオが唯一のともだち。

民放ではなくNHKラジオだけを聞くという生活。

 

 

民放では若い人たちの話題が多く出るのでいやでした。

「卒業式のシーズンになりましたね。」

「今日はクリスマスイブ、たくさんのカップルが2人だけの甘いひと時を過ごしています。」

 

 

死んでしまいたいと思っていました。

僕はこのまま一生1人でいるのかと思うと気が狂いそうでした。

 

 

「バンブー」さんは良かったね。

少しは自信がついたと感じたのかな。

自信は自分で勝ち取るものなんです。

 

 

自信を得るには何かをやって、それが他人様から認められて、初めて自信となるのです。

 

 

素敵なイラストを描いて、何人かの人から問い合わせが来たんですって?

あああああ、良かったな。

良かった。

 

 

なんか涙が出てきました。

ありがたい。

皆さんの優しさを感謝します。

 

 

 

たくさんの仲間が僕の周りで毎日必死になって、社会に戻るための練習をしています。

 

 

皆さんの周りにも、「どうしたらいいのか」と声には出さないけれど、大きな不安の中に独りでいる人たちがいます。

 

 

そんな人たちに、来年こそは良い年になるようにと願っています。

 

 

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