発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

僕が見つけた僕の希望 1 Mr.Joe

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僕は自然が好きだ。

多分人と話すより自然と戯れていた方が嬉しい。

中学の時にみんなとうまくやっていけなかったことが原因ではない。

 

 

多分生まれつきだと思います。

青木さんによれば、「色々な生育環境も今の僕の状況に大きな影響を及ぼした。」と言ってくれました。

 

 

まあそれを今更どうにかできるわけではないですからね。

過去の話なんてどうでもいいんですよ。

大切なのは「今と未来」なんですからね。

 

 

20年間のひきこもりから一歩踏み出した後に、青木さんは事務的な仕事を僕に与えてくれました。

パソコンを使っておこなう簡単な仕事も与えてくれました。

 

 

「少しでも関心があったら、専門家がいるから教えてもらうこともできるし、また将来的な仕事を考えるなら、専門学校にも行けるよ。」と優しく丁寧に僕にアドバイスをしてくれました。

 

 

でも、僕には向いていませんでした。

それは青木さんもわかっていて僕があまりやる気を見せないのを見て、それ以上のことは何も言いませんでした。

 

 

青木さんとは随分話をしました。

とにかく20年間誰とも話をしていませんでしたし、もともと他人と話すことに強い苦手さを感じていましたから、それは大変でした。

 

 

しかし、ゆっくりと僕と話を続けてくれました。

そこで青木さんは僕のことを少しは理解してくれたんだと思います。

 

 

 

ある日「フィリピンに行かないか?」と誘われました。

 

 

フィリピン行きも突然話題を振ったのではなく、「海外旅行に行ったことがあるかとか、フィリピンの海はとても綺麗だ。」という話をしてくれて、少しづつ海外の話に慣れた頃に、「実はフィリピンでも色々と活動をしているので、自然が好きなら、ダイビングやサーフィンもさせてあげるよ。」と言われたのです。

 

 

実は僕の両親は旅行でフィリピンに行ったことがあります。

小さい時にその話を聞いた記憶があったので、なんかこれも縁なのかなと思いました。

 

 

僕の性格上「行きたい!!やったあ」なんていうのではなく、「どうしますか」と聞かれたので「うんうん」と言っただけでした。

 

 

そんなに期待はしていませんでした。

期待すると、期待通りでなかった時に落ち込みが大きいので、期待することを人生の中でしなくなった僕です。

 

 

そうして僕はパスポートを取り、フィリピンに行ったのです。

そしてフィリピンに簡単にはまってしまいました。

最初は10日間の滞在予定でしたが、あまりの素晴らしさに「このまま日本に帰らなくていいですか?」と青木さんに聞きました。

 

 

「いや一度日本に帰国して、もしまたフィリピンに行きたいなら、ご両親にそのことを伝えてから、またフィリピンに行こう」と言われました。

 

 

しかし、僕はもう日本に帰りたくなかったのです。

20年間ひきこもっていたんですよ。

希望なんか遠に捨ててしまったんです。

 

 

「今更日本に帰ってどうするんですか。」

「このままここにいて、何かを探したいんです。」

「ここなら希望は見つかると思う。」

 

 

無口な僕が必死に青木さんに訴えました。

そして10日間以降も僕はフィリピンに滞在することとなりました。

 

 

明日に続きます。

 

 

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