発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

療育なくして成長なし。俊介

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 小学校へのボランティア35度での活動はさすがにこたえるな!!

 

 

 

療育無くして成長なし。

この言葉どおりです。

 

 

僕はできないこと、知らないことが同年齢の人に比べてとても多かったです。

それらをできる様にする。

知らなかったことを知る様に努める。

 

 

僕が自分はみんなとなんかか違うなと最初に感じたのは小学校の1年生の時でした。

みんなが楽しく遊んでいても、自分は1人で静かに花壇を眺めていたりするのがどちらかというと好きでした。

 

 

花の種や球根にとても興味がありました。

学校の花壇で花を植えたりしている人の横でその作業をじーっと見ていたことを思い出します。

他の同級生たちは、校庭で走り回ったりしていました。

 

 

また僕は動きがとても遅いです。

反応が遅いと言ってもいいかもしれません。

だからみんなの会話についていけませんでした。

 

 

小学校そして中学校と成長するにつれて、みんなと歩調を合わせないといけないことはわかってきました。

 

 

サポートセンターで出会った人の中には、防災訓練などの集団行動の練習に参加することができなかったとか、運動会での大きな音が怖くてみんなと歩調を合わせれなくて、休んでしまった人も多くいました。

 

 

僕も本当は修学旅行には行きたくなかったけれど、「行くことは学生の義務だから行かないといけない。」と自分に言い聞かせて、なんとか行きました。

でも行かなかった人がこんなにいることを知ったら行かなかったと思います。

 

 

ぼくは1人で自分が抱え込んでいる問題に向き合わないといけませんでした。

 

 

でも自分ではどうすることもできずに、不安がさらに不安を呼び、これ以上は無理だと感じた時から自宅にひきこもっていました。

 

 

それは大学に入ってからのことです。

通学の時です。

 

 

信じられないほど多くの人たちが、目の前にある大きな門に向かって一心に歩いて行くのです。

その輪の中に入って、僕も門を目指して歩きます。

 

 

ある時、門をくぐり抜けたら、そこでは機関銃を待ち構えた軍隊の人たちがいて、1人1人を選別して、ダメな人間はつれて行かれる。

 

 

そんな不安が頭をよぎり、怖くなって自宅に引き返したのです。

 

 

ひきこもって最初のうちは、とても快適でした。

一時的に不安はなくなったかの様に思いました。

でもそれも3ヶ月とは続きませんでした。

 

こうしている間にも、同じ年齢の人たちは大学に行っているんだ。

アルバイトをして小遣いを稼いでいるんだ。

 

 

でも僕は昼ごろに起きて、ゲームをして、インターネットに書き込みをする。

そんな日々を過ごしていました。

 

 

 

なくなったと思った不安はさらに大きくなっていきました。

 

 

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