発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

あなたの笑う顔を忘れていたよ。東大

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    最近食欲旺盛なんですよ。ごちそうさまでした。

 

 

 

 

まるで機関銃を打ち続けている様に、一方的に話し続ける人たちがいる。

その勢いに聞いている方は思わず後ずさりしてしまう。

彼らは発達障害と診断されている。

 

 

優しく語りかけても、反応がない人たちがいる。

怒っているのか?何か気にくわないことがあるのか?

近くにいる支援者たちは困惑する。

彼らもまた発達障害と診断されている。

 

 

その中間。

その中間がちょうどいいのかもしれない。

しかし、0か100。

 

 

私は反応しない側だった。

意図的に反応しなかったわけではない。

どう反応していいのか何もわからなかった。

 

 

30年間。

家族以外の人と話した記憶がほとんどない。

家族との会話。

 

 

「ご飯できたよ。」

「ああ」

「お風呂、先に入りなさい」

「あ」

 

 

無言のこともよくあった。

 

 

コミニュケーションの仕方を知らなかった私が、30年間誰とも話さなかったのは大きな負の遺産だ。

 

 

5年前、サポートセンターと出会った。

そしてメンターと出会った。

これが私の回復の始まり。

 

しかし、初期には私のプライドから、メンターのアドバイスを拒否することも多かった。

「簡単に変えられると思うなよ。」

最近、支援が始まった人から聞いた言葉。

 

 

5年前に私も同じことを、支援してくれているスタッフたちに叫んだ。

もちろん、小心者の私ですから、心の中だけの叫びです。

 

 

スタッフたちは、私の頑なな態度にひるむこともなく、むしろそんな状況をどこか楽しんでいるかの様に感じた私です。

 

 

確かに、小さな子どもが単にだだをこねているだけなのですから。

それを真に受けてしまわれても、私は困ってしまいますね。

 

 

5年という長い年月の中で、スタッフたちは毎日、私に関わってくれた。

そして私は変わった。

全く違う人となったのだ。

 

 

今に到るまでにどれだけの熱い思いが私に与えられたのか。

それを思うと目頭が熱くなる。

 

 

今、目の前で私に熱く語るこの男。

もしかしたら、自分のこと以上に私のことを考えてくれているのかもしれない。

 

 

不思議なんです。

どうしてそこまで他者にできるのかって。

そこまでの思いが伝わってこそ、初めて人は変わろうと決断できるまでになると私は思うのです。

 

 

だって、30年間、家族以外との接触を拒否していた男が、結婚を考えるまでになったのですからね。

 

 

「あなたはこんなふうに笑うんだったね。」

唯一の家族、姉が最近僕にかけた言葉です。

「あなたの笑顔を長いこと忘れていたよ。」

 

 

姉の言葉にただ涙するだけの私でした。

 

 

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