発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

人は変わりにくい。だから変わりたいと思っている人から支援していく。東大

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東京大学を卒業されているので、やはり文章がお上手ですね。」

この2日間でいただいたメールの中で、僕の印象に一番残ったメールです。

 

 

文章を書くのはとても難しいです。

できれば、書きたくないのです。

でもなんとかブログに穴を開けたくないので書いているのです。

 

 

どうぞ本日もわかりにくい文章にお付き合いください。

 

 

父親の思い出。

ほとんどありません。

でもぼくは父に感謝しています。

家族の為に働いて僕を育てあげてくれたからです。

 

 

自分の父親と他人の父親と比較したことはありません。

僕の父親みたいな人が、日本の一般的な父親像なのではないかなと思っていました。

 

 

ご家族のご相談にのっている今も、僕と父親との関係を他の家族にも見ることができますから。

 

 

しかし、ひきこもっている人たちの支援を30年間やっている青木は、そのありようはよくないことだと思っているのです。

 

 

昨日書いたように、父親がもっと子どもに関わって欲しいとサポートセンターは思っています。

 

 

でも。

ASD気質の青木の父親は変わることができたのでしょうか。

僕の父親も会社で様々な人間関係のトラブルを抱えていました。

今思うとやはりASD気質を持っていたと思うのです。

 

 

残念ですが、僕や青木の父親は簡単には変わることはできないのです。

第一、本人が変わらなければならないと自覚もしていないのですから。

 

 

親御さんを変えようとは考えていません。

できるなら、変わってもらった方が良いに決まっています。

でも、こればかりは、さすがの青木でも簡単にはできないことなのです。

 

 

しかし、ひきこもっている本人はどうでしょうか。

10年、20年ひきこもってしまった自分。

同世代との差を埋めることはもうできない。

 

 

自分の同級生が コメンテーターとして出ていた番組を見てとても落ち込みました。

同じ研究室の仲間が、随分昇進したことをふとしたことから知った時の落ち込みよう。

 

今更、自分はもう何もできない。

僕はそう感じて、30年間ひきこもっていました。

 

 

しかし、僕は青木と出会ったことで、価値観の転換を測ることができたのです。

 

 

「大丈夫」と言う言葉が、真実だと感じたことで、30年間のひきこもり生活から一歩踏み出すことができたのです。

 

 

当事者は変わります。

変わりたいと心から願っているのです。

 

 

そんな彼らに「まだ大丈夫だ。」という事実を見せてあげるために、僕たちは毎日支援に励んでいます。

 

 

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