発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

探し続けてください。子どもたちを助けてくれる人たちを。ヒロ

 

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高校を中退してしまったら、途端に支援は無くなります。

向こうから自宅に訪問してくれる人もいません。

 

 

待っていても誰も助けてはくれません。

だったら、こちらから助けてくれる人を探しに行くしかありません。

 

 

どこに行けば、発達障害の2次障害でひきこもったり、家庭内暴力が出ていたり、摂食障害だったり、いつもお母さんから離れられなくなっていたり、自傷行為をおこなっている人たちを助けてくれる人に会えるのでしょうか?

 

 

保健所、精神保健福祉センター、などが公的機関で相談にのってくれます。

公的機関では親の会を催していたり、講演会なども積極的におこなっています。

 

 

僕は行政主催の講演会でなんどもお話しさせていただく機会をもらいました。

それがご縁で親しくさせていただいている方もみえます。

 

 

その方たちは頭が下がるくらい一生懸命されていましたよ。

その熱心さに頭が下がりましたよ。

 

 

 

でも以前お母さん方との相談会で聞いた「窓口で、冷たい態度をされた。」という言葉に心が痛みます。

 

 

なんとか助けを求めていたのに、窓口の態度はとても冷たかった。

「そのことで心が折れそうだった。」

 

 

僕の父は海外出張が多く日々忙しくしてました。

母の代わりに、父が学校や児童相談所に行き、相談にのってもらっていたのです。

 

 

フリースクール、カウンセラー、医者。

ありとあらゆる場所に助けを求めに行ってくれたのです。

中には「随分ひどいことを言う人たちもいた。」と、しばらくしてから青木さんから聞きました。

 

 

父はわかっていました。

もう家族ではどうにもできないことを。

 

父は必死でした。

僕たち家族を助けてくれる人たちを探すことに。

 

 

児童相談所から紹介されたお医者さんは、親身になって父親の話をきいてくれるお医者さんでした。

 

 

父が「このお医者さんは優しくて、丁寧にお前の話を聞いてくれるから。」と、なんども促されて僕はそのお医者さんに会いに行きました。

 

 

確かにとても優しい人でした。

僕が学校生活の大変さを話している時も、目を閉じて話を聞いてくれました。
ぼくはこの先生が好きでした。

 

 

先生が言いました。

「ヒロさんに必要なのは日々の生活の中で、知らないことやできないことを、1つ1つ丁寧に教えてくれる人たちです。」

 

 

「そんな人たちが見つかるまで、ここに通って練習をしてみようか」と言われて、僕は病院併設の施設に通いました。

でも正直言って、とても退屈なことをやらされました。

 

 

一緒に作業をする人たちは僕とは違うと感じる人ばかりでした。

やがてぼくはそこに行かなくなりました。

 

 

父親はとても悲しそうな顔をしていたことを今でも思い出します。

 

 

明日につづきます。

 

 

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