発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

空白の30年間から一歩踏み出した僕。 東大卒 大野隆

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僕は30年間自宅にひきこもっていました。

ひきこもり当初の20代はまだなんとかしようとしていました。

その時は塾のアルバイト講師を考えていました。

 

 

街で見かけたアルバイト塾講師募集のチラシに目がいったのです。

しかし、そのチラシの前で立ち止まってじっくり見ることはできませんでした。

 

 

「あの人、東大まで出たのにアルバイト塾講師なの?」周りからそう思われるような気がして怖かったのです。

 

 

(塾講師に偏見を持っているわけではありません。就職せずにアルバイトというボジションに対して自分は情けないと思っていただけです。)

 

 

それで、深夜に家を出て、そのチラシを見に行きました。

そして住所も控えました。

 

 

翌日出勤時間が終わった頃にその塾が入っているビルを探しに行きました。

 

 

塾が入った雑居ビルの前を通り過ぎて確認だけしました。

立ち止まると「あの人、東大まで出たのにアルバイト塾講師なの?」と思われる気がして怖かったのです。

 

 

 

しかし、結局面接には行けませんでした。

怖くていけなかったのです。

いけなかった情けない自分を肯定する作業が必要でした。

 

 

 

「アルバイト塾講師ではなく、医師を目指すべきだ。」

「いや、弁護士か。」

そうやって、自分の問題を先送りして、自分にま向かうことをしない日々を送っていました。

 

 

 

さすがに50歳の誕生日が近づいて来た時、自殺することを真剣に考え始めました。

「このまま生き恥を晒すことだけはしたくない。」

「だから、存在を消し去るんだ。」

 

 

 

そう思っても実行に至るまでにはなりませんでした。

「死ぬことさえできない。」

八方ふさがりでした。

 

 

そんな時に、青木さんから会いたいというお誘いのハガキが送られてきました。

 

 

今思えば、再起への絶好の機会です。

しかし、その時の僕には、もうそのお誘いに応答するだけの気力も残っていませんでした。

 

 

6ヶ月間ハガキは送られ続けてきました。

毎月送られてくるハガキは無視していました。

 

 

しかし、無視しても無視しても、毎月送られ続けてくることに、とても苛立ったんです。

 

 

そして、僕は大きな決心をすることにしました。

 

 

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