発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

僕は規格外の人間。母親が悪いわけではない。 やす

 

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  いよいよ明日31日が僕の大学の卒業式です。

    

    専門家にビデオと写真を青木さんが頼みました。

    どうせ、テレビ局に売り込む魂胆だと思います。

                by お邪魔しました ヒロ

 

 

2ヶ月間施設で過ごしました。

何も変わらない。

 

 

時々道徳を説くような人が来て説教をして帰ります。

1年後に母親が来て面会で三者面談のようにして入所か退所を決めます。

 

 

僕は1ヶ月で施設を出たいと思いました。

しかし、病気でない限り自宅へ連絡が出来ないんです。

人権を踏みにじっています。

 

 

逃げ出したくても監視が厳しくて逃げ出せません。

若い子たちは中学や高校に行けば、重労働を免除してもらえます。

 

 

僕は毎日自分がしたことの懺悔を手紙にして、母親に送る作業を毎日させられました。

 

 

それが彼らがいう回復への支援だそうです。

どうかしてる。

 

 

僕は確かに悪いことをしました。

でも怪我をさせたり、体を傷つけるまでには至っていません。

 

 

もちろん相手の女性の心に深く傷をつけてしまいました。

それは言い訳のできないことです。

でもこんな僕でも基本的な人権はあると思います。

 

 

どうして、自由に施設の外に出られないのか。

どうして自由に電話が出来ないのか。

施設側の言う通りやれば楽になる。

 

 

逆に言うと従わないと、大変な苦痛が待っているんです。

そのことを通して更生させようとしている。

おかしすぎる。

 

 

それを見抜けない僕の母親の悲しさです。

 

 

僕は2ヶ月で施設を出されました。

変な声が聞こえてきました。

その声は悪魔のような恐ろしい声です。

 

 

深夜に我慢できなくて、叫んだり、壁に体ごと体当たりしたりしました。

 

 

みんなでご飯を食べている時に、怒りが全身に満ち溢れて、朝食の皿を床に叩きつけたりして大暴れしました。

 

 

止めに入った職員を思いっきり殴りました。

テーブルをひっくり返して、みんな殺してやろうと思いました。

そのあとに自分も死ぬつもりでした。

 

 

警察が呼ばれて僕は取り押さえられました。

「なんど警察のお世話になるんだよ。」

「もう警察はいいんだよ。」

 

 

悲しくて、悲しくて涙が出ました。

「どうしてこうなるんだ。」

「俺はそんなに悪い人間なのか。」

 

 

「それなら、今ここで俺を撃ち殺してくれ、頼むから。

もう生きていたくないんだ。」

 

 

警察官に取り押さえられて、施設を出る時に、入所している人たちの顔を見たら、みんなロボットのような感じがしました。

 

 

また涙が溢れました。

 

 

警察署に母親がひきとりに来ました。

「どうして、おとなしくできないの!!あそこしかあなたの居場所はないんだから。」

この時、母親に対して殺意を抱きました。

 

 

今になってわかります。

「仕方がないよ、俺は規格外の人間だったから、普通のおかあさんではどうしようもできなかったんだって。」

 

 

施設からは強制退去が言い渡されました。

母親が言いました。

「違う施設を探す間、またフィリピンでお世話になりなさい。」

 

 

 

僕は言いました。

「もう日本には絶対に帰ってこないと約束するので、フィリピンでやり直させて欲しい。」

 

 

「あそこならやり直せるんだ。」

僕はもう一度フィリピンに戻ることになりました。

 

 

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