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発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

中学の先生からの年賀状。 ヒロ

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 中学校で給食を食べました。安心して食べられる給食は最高です。

 

 

僕はほとんど中学校には行っていません。

いじめがひどくなり、これ以上いたら大怪我をするか殺されると思ったので怖くて行けなくなりました。

 

 

先生は何度も自宅を訪問してくれ、励ましてくれました。

中学2年の時までは時々行っていました。

 

 

でもある日、クラスのみんなを代表して色紙をもらいました。

その色紙の真ん中にはお墓の絵が描かれてありました。

そして、そこには僕の名前も描かれてありました。

 

 

「早く死んでください。」

「どうか学校に来ないでください。」

「お前はきもい。」

 

 

僕はその事があって以来、二度と学校には行けなくなりました。

 

 

でも担任の先生は年賀状をくれました。

その時以来、毎年担任の先生からは年賀状が自宅に届けられます。

 

 

その年賀状には先生の近況が書かれてあります。

そして最後にはきまった言葉が書かれてありました。

「何もしてあげられなくて、ごめんなさい。」

 

 

中学が終わった頃は年賀状は無視していました。

見たくもなかった。

 

 

サポートセンターにお世話になった頃には父親が僕のアパートまで持ってきてくれていた。

でも見なかった。

 

 

フィリピンに住むようになってからは、お父さんがサポートセンターの事務所に送って僕の元に届けられていました。

でも読んだ事はありません。

 

 

いつも青木さんが代読してくれていました。

青木さんももちろん返事を書きなさいとは言いませんでした。

 

 

今年の正月、僕はあの担任の先生の年賀状の事を思い出しました。

そして、青木さんに相談しました。

「返事を書いてみたいです。でもどんなふうに書けばいいのかわからないのでアドバイスをください。」

 

 

でもことしは書いていません。

理由はまだ卒業していないこと。

フィリピンは信じられない事が起こります。

 

 

だから卒業証書を手にするまで、いや、イミグレーションかフィリピンの文科省にあたる部署に行って、僕の最終学歴をチエックしてみて初めて、ほっとするのかもしれません。

 

 

ですから、来年の年賀状で返信をする事にしました。

ひとつのくぎりと、僕の存在が長い期間担任の先生を苦しめていた事に対して返事を書きたいのです。

 

 

「先生、あの時は色々とありがとうございました。僕は昨年大学を出ました。中学が終わった頃は、いじめたやつらに復讐を考えていたし、不登校の事がいつも頭から離れませんでした。でもその後いろいろな人たちの助けがありました。先生が毎年くれる年賀状もその1つです。先生来年からの年賀状の文面をどうか変えてください!!僕は今幸せです。」

 

 

 

たくさんのみなさんの優しさを感謝します。

僕が今度は昔の僕のような子どもたちにお返しする時です。

 

 

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