発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

東大大学院を修了後ひきこもってしまった僕 隆

 

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       できるところから変えていこう by ヒロ

 

 

僕は隆といいます。

56歳です。

 

 

普段はフイリピンに住んでいます。

フィリピンでサポートセンター名古屋のスタッフとして働いています。

 

 

仕事はひきこもっている人たちへの寄り沿い支援です。

 

 

このブログでもたびたび「東大さん」として紹介してもらっています。

そうです、僕は東京大学を卒業しています。

 

 

東大大学院を修了して、そしてひきこもってしまいました。

 

 

恥ずかしい話ですが、30年近くにもなります。

自閉症という診断をもらっています。

 

 

途中気力を振り絞ってなんとか社会復帰したいとアルバイトにも挑戦したのですが、やはり気力が続きませんでした。

 

 

東大まで出たのに、時給800円という現実はとても悲しいもので、到底受け入れられるものではありませんでした。

 

 

アルバイトはアルバイトでしかありません。

経験を積めるわけでもありませんし。

中には例外なアルバイトもあるかもしれませんが。

 

 

そんな僕が2013年にサポートセンター名古屋の支援を受けたのです。

 

 

30年間家族以外の人と会ったことがない僕にとっては、晴天の霹靂のような出来事でした。

 

 

いえ、正確に言うと、毎月のようにサポートセンターから来るハガキを恐れていました。

その文面はとても優しさに溢れたものでしたが。

 

 

いつか、複数の屈強な男たちが、僕の部屋のドアを破壊し、嫌がる僕を取り押さえ、無理やりに施設に収容する。

 

 

ハガキが自宅に来るようになってから、今まで以上に不安が大きくなり精神に不調を訴えるまでになりました。

 

 

見かねた親戚の者から、「実際に会って、はっきりと断りを入れて欲しい。」と言われました。

 

 

「僕が頼んだわけでもないのに、なぜ?」

しかし、とにかくハガキをストップさせたい思いから早く会うことに決めました。

 

 

当日家から出ようにも、手足がガタガタ震えて心臓を掴まれたような痛みを感じて身動きが取れませんでした。

そんな自分が情けなくて仕方がない。

 

 

いやそれ以上に、そんな姿を母に見せなければならない自分の情けなさ。

 

 

年老いた母の面倒をみることさえできずに、こんな歳まで母の心配をさせている自分が悲しくて仕方がなかったです。

 

 

それからのことはよく覚えていません。

親戚の者に両肩を抱きかかえられるようにして、面談場所の新宿プリンスホテルにたどり着いた僕です。

 

 

そこには強面顔の男がひとりこちらを見ていました。

 

 

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