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発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

栗原類さんと俺 ヒロ

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      先生の送別会にて 最前列に僕はいます。

 

 

栗原類さんをご存知ですよね。

おいらは、知りませんでした。

詳しくは調べてみてください。

 

 

彼は日本の中学校で不登校になってしまいました。

コミニュケーションがなかなかうまくいかなかった背景にはADDがあったらしいです。

 

 

しかし、彼はこう言ったらしいです。(すみませんネットから拾ってきた情報です。)

 

 

「同 じ障害がありながら、いつも信じて導いてくれた母、アメリカの「発達障害」に対するおおらかな環境と、学んだ英語が自信を持たせてくれたこと。それで嫌 なことを人にはしないと決めた、人として愛される生き方など、ADDの特徴である衝動性を抑え、苦手なコミュ力を克服し歩んできた今までを語る。」

 

 

おいらはなんかこの人のことをもっと知りたくなってきて色々とインターネットで情報を探りました。

 

 

で、とても彼に親近感を持ったんですよ。

なんか友達になりたいなと思ったんです。

 

 

どうしてこの話をしたかというと、サポートセンター名古屋に「栗原類さんのテレビ番組を見て、海外の環境で発達障害と診断された子どもを学ばせたいのですが。」という相談が出てきたからです。

 

 

それで、最近青木さんの話の中で、栗原類さんの話題が出たんです。

栗原類さんの本も注文済みですぐにフィリピンに送ってくれるらしいです。

 

 

おいらは少しの期間アメリカに住んでいました。

その時に周りの大人たちから俺の両親に「ほかの子と比べてヒロはおかしい。」と言われたんだ。

 

 

そして決定的な問題を起こしてしまう。

地域の公園で子どもたちが遊んでいた時に、おいらは滑り台の順番の列に並んだ。

 

 

おいらの順番がなかなか回ってこなくて、イライラしていた。

 

 

やっと回ってきたと思ったら、前の子どもが滑り台が怖いのか、なかなか滑ろうとしない。

 

 

そのことにおいらのイライラも限界に達してしまって、その子を強く押したんだ。

 

 

その子は滑り台から下に落ちて怪我をしてしまった。

おいらはそんなことはおかまいなしに、楽しく滑っていたそうだ。

 

 

おいらにはこの時の記憶がない。

 

 

このことがきっかけでおいらは病院で診断を受けることになった。

そして、発達障害とアメリカの病院で診断を受けたんだ。

 

 

両親はとても心配したけれど、先進国アメリカの対応は素晴らしかったんだ。

 

 

個別支援が徹底的にすでに確立されていたらしい。

そのことを俺の父親は何度も何度も青木さんに話していた。

 

 

「あの時、なんとかして、ヒロだけでもアメリカのあの環境においておくべきだった。」っていう具合に青木さんに話していた。

 

 

明日に続きます。

 

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