発達障害な僕たちから2

発達障害と診断され、2次障害でひきこもった東大、青木、シンゴと50代男Aとスタッフ吉村が社会復帰目指す日常を綴りながら支援についても書いていきます。

初めまして、僕は三郎です。

写真はダメらしいのでこういう形になりました。

 

 

はじめまして、僕は30歳になる男です。

サポートセンター名古屋で支援を受けています。

今は大学の2年生です。

 

 

はじめに言っておきますが、そうです。

僕の名前は父親北島三郎が好きなので名付けました。

とても迷惑しています。

 

 

 

発達障害ADHDと診断されてます。

自分がなぜ衝動的なのかはそのためだと医者から聞きました。

まあどうでも良いことなんですけどね。

 

 

青木さんが高熱で寝込んでいるそうです。

ヒロさんは試験が始まって苛立っています。

「あつこ先生〜」は腰を痛めて寝たきりになっています。

 

 

それでだれもブログを書く人がいなくなったので、僕に書いてみないかと言われました。

実は以前にも言われて、書いたのですが、採用されませんでした。

 

 

僕の文章が何を言いたいのかわからないというのが理由です。

 

 

それで今回も書きますがまた採用されないかもしれません。

でもサポートセンターが困っていますので、お役に立てれば幸いです。

 

 

フィリピンの大学に関心がある人もいるかもしれませんので、大学生活について書こうと思います。

 

 

はっきり言って、アメリカやカナダの大学に行った方が良いですよ。

 

 

なんでかと言いますと、授業は英語だけじゃないんですよ。

マニラならタガログ語

ダバオならビサヤ語を平気で授業で使う教授がいるんです。

 

 

 

僕にしてみればなんとか英語に必死に食らいついていくのが精一杯なのに、いとも簡単にタガログ語で話されるとお手上げです。

 

 

つまり、留学生を受け入れてはいるけれどなんの配慮もないということです。

 

 

マニラはまだ良いです。

最悪なのはダバオで、ヒロさんがいっている大学はビザヤ語の授業が3割近くあるんですって。

 

 

だからヒロさんの頑張りは並大抵のことではないと思います。

悪いことは言いません、海外の大学に行くのならば、アメリカやカナダ、またはオーストラリアなんかが絶対に良いと思います。

 

 

ただ、僕は支援が必要だったので、サポートセンター名古屋にお世話になっている手前、フイリピンの大学に行っています。

 

 

僕は高校中退でそれから8年近くひきこもっていました。

原因は希望の高校に行けなかったからです。

兄弟は優秀なんです。

 

 

僕だけ落伍者です。

母は「心配することはない、胸を張りなさい。」と言ってくれたけれど、そんな言葉より自分ができなかったことが悔しかった。

 

 

家族の中でみんなで楽しく話をしていても僕だけなんかのけ者扱いのような気がした。

 

良い高校に行けなかったので、良い大学もいけない。

 もう人生はダメなんだ。

 

 

それで僕の人生は決まってしまった。

そう思ったら、無性に悲しく、不安になり、苛立ちが出て暴れました。

 

 

家の家具や電化製品を破壊しまくりました。

「ご近所迷惑だ。」という父親に無性に腹が立ち、大怪我を負わせてしまいました。

 

 

これ以上一緒に住んだら身の危険を感じた家族は僕を残してどこかに引っ越してしまいました。

 

 

明日に続きます。

 

 

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