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発達障害な僕たちから

発達障害と診断された、ヒロ・アオキとその仲間達が日常生活での生きづらさや奮闘を素直に綴っていきます。よろしくお願いします。

私たちにできない支援 青木

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(Aさんに関しての設定を変えてあります。)

 

 

Aさんは海外でゆっくりすることを選択されました。

規則正しい生活をし、健康を取り戻す。

そのためにうまくいかない日本から離れ、環境を変えられたのです。

 

 

 

スタッフ4人(男性1人、女性3人)が同居し、また24時間警備員が出入り口に配置しているマンションに住むことで安全に万全を期しました。

 

 

ボランティア活動をしたり、スポーツを楽しむ中でAさんは、徐々に安定していき、笑顔を取り戻されていきました。

 

 

支援の効果を感じていた私たちは、その後も支援計画をたて、進めていきました。

 

 

そんな中で、事件が起こったのです。

 

 

男性スタッフが用事で外出した間に、Aさんが3人の女性スタッフに暴行を働いたのです。

 

 

スタッフからの報告で私はすぐにマンションに戻りました。

 

 

屈強な警備員にガードされているAさんは憔悴しきっていました。

室内は家具などが倒れていました。

 

 

 

暴行を受けた二人のスタッフの目は、泣いたためにひどく腫れていました。

一人の女性スタッフは怪我がひどく、病院に搬送されました。

 

 

私は、今すぐにやらなければならないことを考え、行動に移しました。

 

 

Aさんを無事に日本に帰国させなければなりません。

その為に協力してくださる医師に事情を話し、入院の手続きをしました。

 

 

フィリピンで外国人が犯罪を犯せば、10年以上の懲役は免れません。

精神病院への入院記録は、フイリピンでは刑を軽くします。

 

 

またAさんが日本に帰国する為には落ち着く必要もありました。

 

 

 

その次にAさんと二人きりで話し合いました。

随分落ち着いていたAさん。

 

 

「◯◯スタッフは病院に搬送されたけれど命に別条はないよ。」

「何が起こったのかゆっくりでいいので教えて下さい。」

 

 

「女性スタッフに触りたかった。」

「拒否されたので、殴ってやった。」

 

 

それ以降も色々とAさんから話を聞きました。

詳細は書く必要がないので省きます。

 

 

二週間後、落ち着きを取り戻したAさんを無事に日本に帰国させました。

 

 

しかし、その後が大変でした。

当日Aさんとの話し合いの後、すぐに病院に駆けつけ、女性スタッフのケアを開始したのです。

 

 

ベッドの上で震えていたスタッフの顔を昨日のことのように覚えています。

 

 

ご両親からは訴えられるのも覚悟していましたが、このようなことがあっても私と団体を信じてくれていました。

 

 

入院費、その後の通院費、給与保障など1年間ほど支払いが続きました。

 

 

小さな団体の私たちにはその出費はできず、支援者の方から費用をお借りして支払いました。

 

 

感謝なことに暴行を受けた女性スタッフは1年後に再び私たちの仕事に戻ってきてくれたのです。

 

 

今は幸せな結婚をして子どもも二人授かっています。

 

 

私はこの教訓から

「医療従事者でない私たちは、精神的な病気の方を支援することはできない。」とはっきりとミッションに刻むことにしました。

 

 

今も精神的な病気と診断された方々の親御さんから支援の依頼をいただきます。

 

 

このような個別支援こそが、求められていることは承知していますが、私たちには支援ができないということをお話しするしかないのです。

 

 

あえて、私たちの失敗をお伝えすることで、<精神的な病気の方を支援すること>がどれ程大変なことかということをお伝えしたかったのです。

 

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